第16話 ポール兄さんがやってきた


 目覚めると外は雨が降っていた。

 低気圧のせいか頭はぼんやりしているけど、気分はそれほど悪くない。

 幸福度も93%と、かなりいい数値を示していた。


 セディー・ダンテス:レベル2

 保有ポイント:11

 幸福度:93%

 島レベル:2


「父上、起きましたか?」


 僕より先に起きていたシャルが居間からロフトを見上げていた。


「おはよう。早いんだね」

「シャルは今日も元気いっぱいです! お外ではカブが大きくなっているであります!」


 そういえば今日は収穫の日だったな。


「よーし、朝食はカブと大アサリのスープにしようか? きっと美味しいよ」

「のっほぉー! カブと大アサリのスープを食べるであります!」


 朝食前のひと仕事だ。

 僕とシャルは雨の中へ飛び出して、カブの収穫に励んだ。

 カブは大きく育っていて、一つ一つはシャルの顔と同じくらいの大きさがある。

 これ一つでスープだけじゃなくてサラダだって作れそうだ。


「ルールーにもお裾分けしよう。朝食のあとはカブの酢漬けを作って、残りはルボンの街へ売りに行くよ」

「街を探索であります!」


 収穫したカブをさっそく料理した。

 フライパンにニンニクとオリーブオイルを入れて、香りがついたら大アサリを入れた。

 ルールーのとってくるアサリはとても大ぶりで食いでがある。


「父上、いい匂いがしてきました!」

「よーし、アサリが開いてきたね。ここに玉ネギのみじん切りとカブを入れて」

「はーい」


 シャルは台に飛び乗り、カブをフライパンに入れてくれた。


「よしよし。野菜が透き通ってきたら水を入れるよ。カブが柔らかくなるまで煮込んだら完成だ」


 パン、カブと大アサリのスープ、カブのサラダ、デザートにオレンジを食べた僕らは幸福だった。


 朝食の後片付けをしていると、誰かがコテージのドアをノックした。

 ユージェニーかルールーがやってきたのだろか? 

 そう思ったのだけど、ドアの外に立っていたのは予想外の人物だった。


「ポール兄さん!」

「よう、どうしているか見に来たんだ……」


 ポール兄さんは僕の肩越しにコテージの内部へ目を配った。


「思っていたよりまともな家に住んでいるんだな」

「心配してくれたの?」

「まあ、こんな小さな子どもを放り出したんだ。罪悪感くらいあるさ……。土産だ」


 兄さんは小さな包みをくれた。


「肉の匂いがするであります!」


 突然現れたシャルにポール兄さんは少し焦っている。


「あ、ああ、ウチの牧場で作ったソーセージだ……」

「父上、この人はいい人です。家に入れてあげましょう!」


 シャルの言葉に僕も兄さんも思わず苦笑していた。



 居間のテーブルに兄さんを案内して話を続けた。


「――というわけで、シャルロットは僕と住むことになったんだ」

「この子がドラゴンとは、すぐには信じられんな」


 大人しくしていれば、どう見たって人間の五歳児にしか見えないもんね。


「兄さんの方は順調?」

「牧場も村の運営も問題はない」


 言葉数は少なかったけど兄さんの表情は穏やかだった。

 堅実な運営をしているのだろう。


「アレクセイ兄さんは?」

「伯爵としてやっているみたいだ。俺もよく知らない。近づかないようにしている」


 ポール兄さんの言葉は意外だった。

 どうしてポール兄さんはダンテス家に近づかないようにしているのだろう?


「セディー、お前も屋敷には近づかない方がいい……」

「どうして?」

「不要な波風は立てない方が身のためだ」


 アレクセイ兄さんにかわいがられた記憶はないけど、そこまで意地悪をされた記憶もない。

 どうしてそんなに用心しなければいけないのだろう?


「波風って、なんでそこまで? 僕はアレクセイ兄さんに嫌われているの?」

「それは遺言状を……」


 言いかけて、ポール兄さんはしまったという顔をした。


「なんでもない。忘れろ……」


 ああ、なんとなくわかっちゃった。

 きっと、父上が遺してくれた遺産は、このガンダルシア島だけじゃなかったのだろう。

 真相は不明だけど、他にも遺産があったに違いない。

 それをアレクセイ兄さんが自分のものにしてしまったのだな。


「セディー、今や兄貴はダンテス家の当主だ。俺たちとはもう身分が違う。あれこれ騒ぎ立ててもどうにもならん。それどころか身を亡ぼすことになりかねんのだ」

「わかっているよ。僕はこの島が気に入っているし、他に何かを欲しいとも思っていないんだ」

「そうか、それならいい」


 遺産のことは蒸し返さないのが、きっとお互いのためなのだろう。

 だったらとやかく言うつもりはない。

 僕にとっては、今の暮らしを充実させる方が大切だ。


「ところで、兄さんの牧場に鶏や山羊はいる?」


 菜園を作ったら、今度はその隣に小さな家畜小屋を作れるようになったのだ。

 となれば、家畜を買ってみたいと思うのは自然な流れというものである。

 それに、卵やミルクがあれば料理のバリエーションはぐんと広がる。

 シャルの大好きなお菓子だって作れるようになるだろう。


「もちろんいる」

「だったら売ってくれないかな? ここで家畜を飼いたいんだ」

「ふむ……。牝鶏は2000クラウン。雌のヤギは3万クラウンだ」


 あれ、思っていたより安いな。

 アイランド・ツクールの相場ではもっとしたような気がするけど。

 ひょっとして、弟だから値引きしてくれているのかな?


「わかった、お金が貯まったら買いに行くよ」

「ああ、他にも困ったことがあったら訪ねてこい」


 話が済むとポール兄さんは行ってしまった。

 この世界の鶏は毎日卵を産むような品種ではない。

 だけど、アイランド・ツクールの中だと鶏は毎日卵を産んでいた。

 鶏もここで飼えば毎日卵を産んでくれるかもしれないぞ。

 シャルと二人暮らしだから、四羽ぐらい飼ってみようかな。

 牝鶏四羽とヤギ一頭で3万8000クラウンか。

 とりあえずサンババーノでイチゴ石を売って様子をみるとしよう。

 目標が定まると、なんだかやる気が出てくるようだった。

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