深紅の月~桜の樹の下で少女は出逢う~

奇蹟あい

第1話 中学2年の春、わたしは出逢った

 中学校に通っていた頃、気がつくと、わたしはいつも独りぼっちだった。

 友達付き合いなんてメンドウだったから。独りのほうがのんびりできるから。無駄話をしている暇があったら、もっと勉強したいから。


 そんなふうにもっともらしい理由をいくつも並べてみる。

 でもそれは全部、自分をごまかすための言い訳だ。


 ただ逃げたかっただけ。

 勉強なんてそんなに好きじゃないし。ホントの理由を思い出したくなかっただけなんだ……。


 わたしは友達の作り方がわからない。


 笑っちゃうよね。今どき小学生だって言わない。ただの言い訳にしか聞こえないけれど、実際ホントのことなんだから仕方ないじゃない……。


 いつだってそう。

 クラスメイトはわたしに話しかける時だけどことなくよそよそしい。だけどわたしだってクラスメイトに話しかける時はよそよそしいのだからお互い様なんだと思う。


 わたしは他人との付き合い方を知らない。



 小学校に入った時も、中学校に入った時も、みんなスタートは同じ。周りは知らない他人ばかりのはず。それなのに気がつくと、周りには何となく仲良しグループのようなものができあがっていて、わたしだけいつも独り取り残されている。


 もちろん何度も仲間入ろうと、仲間を作ろうと努力してみた。クラス替えの度に、自分から積極的に話しかけてみたりして。


「趣味は何? わたしはカラオケが好き。今日の放課後どこか遊びに行かない?」


 前日徹夜で悩んだ末に選んだ、一番無難なコミュニケーション。


 それでうまくいったこともあった。

 最初はそれなりに仲良くしてくれる子もいたりして……。でもダメ。長続きしない。

 結局気がつくとわたしは独り。最初仲の良かった子も他の子たちとみんなで集まっ楽しそうに笑っている。


 そしてわたしとクラスメイトたちとの会話といえばいつもこう。


「えっと、綾瀬さん? 今日当てられそうなんだけど、数学のノート見せてくれない?」


「……別にいいけど」


 わたしの名前はいつも疑問形で呼ばれる。

 クラスメイトたちはわたしの名前を呼ぶ時、一度記憶の中からわたしに関する少ない情報を検索しているのだろう。いつしか彼らとのとても短い会話の間に生じるそのタイムラグさえも当たり前のこととして受け入れるようになっていた。


 そしていつしかこう考えるようになっていった。


「わたしはヒツジの群れに入ることができないヤギなのだ」と。


 ヒツジとヤギではそもそも種族が違う。だから一緒になって群れることもないし、わたしが独りでいることもおかしくはない、当たり前のことなのだ、と。


 そう考えるようになってから、わたしの学校生活は楽しいものへと変わっていった。


 仲が良さそうに話をしているクラスメイトのグループを見ても、以前感じていたような漠然とした焦燥感はなくなり、クラスメイトに他人行儀な態度で話しかけられても、少しも心が痛まなくなった。


 ただ、そうなってからは、授業中以外の時間を、無理に教室内で過ごさなくなった。それで良かった。何も問題なかった。



* * *


 花鈴(かりん)と出逢ったのは、中学2年の春のことだった。


 その日も風が強かったのを覚えている。

 少し迷ったけれど、その日は屋上で昼食を取ることにした。理由は単純。こんな風の強い日はいつもたくさんの生徒でにぎわう屋上も、比較的人が少なくなるからだ。


 それと――わたしはここから見る校庭の桜の樹が好きだった。


 校庭の一本桜。

 ずいぶん古いのだろう。巨木というよりもすでに老木と呼んでも差し支えないような大きなソメイヨシノの樹。幹は大人が三人くらい肩を並べても、すっぽり隠れるくらい太い。高さだって三階建ての、この校舎よりも少し低いくらいまであるのだ。

 ただ、そんなに長い間生きて大きくなっても、毎年花をつけることを休んだりはしない。


「今年もこれでもかってくらい満開に花をつけたので、恒例の『職員お花見大会』を大盛況のうちに終えることができた」と、今朝のホームルームで担任の佐々木先生が話をしていたっけ。

 ちなみに今年は佐々木先生が幹事だったらしい。大人になるとそういう人付き合いもしなければいけないのかと思うと、今から憂うつな気分になる。


 わたしも大人になったら、普通に就職して、会社のお花見の場所取りをするようになったりするのだろうか。そしてお酌したりセクハラされたり……。

 ちょっと想像してみたけれど、そんな未来予想図はうまく描くことができなかった。そもそも誰か他人と楽しく笑い合うことなんて、今のわたしは経験したことなどないのだから。



 屋上に出てみると、やっぱり風が強かった。

 強風にあおられて、桜の花びらが屋上を舞い踊っている。辺りはさながら桜色の絨毯のようになっていた。見れば絨毯の材料を提供しているソメイヨシノの枝には、もうほとんど花びらは残っていない。 

 桜の見頃は越え、もうだいぶ終わりの時期に来ているようだ。

 

 だけど、わたしはそんな桜の樹が一番好きなのだ。

 花びらが満開の桜の樹の下で誰かと大騒ぎするよりも、独り静かに散りかけの桜の樹を眺めているほうが好き。


 屋上の柵にもたれかかって、桜の樹に手を伸ばす。届くわけもないけれど。

 この桜が注目されるのは一瞬の間だけ。花をつけるその時だけ主役になれる。そしてそれ以外のほとんどの期間は誰にも見向きもされることなく、静かにここに佇んでいるのだ。


 不意にどこからか声が聞こえた――ような気がした。


 さすがに気のせいかな。


 この時期は、散り始めの花びらと春特有の強風を嫌ってか、あまり屋上で昼食を取るような生徒はいないはず。現にわたしが屋上に上がってきた時、先客は誰もいなかったし。


「今日も風が強いね~」


 背後、それもかなりの至近距離から声をかけられる。どうやら気のせいではなかったようだ。


 振り返る。と、ちょうどその時、強めの風が屋上を駆け抜けていく。わたしの長い髪がハタハタとはためき、顔をにまとわりついて視界を奪う。


「すっごい髪~」


 カラカラと笑う声の主。女の子。

 わたしは自分の髪をまとめるのに必死で、その声に応える余裕はなかった。ああ、髪を縛ってから屋上に上がれば良かったな……。


「風避け~」


 謎の女の子がわたしの背中にぴったりとくっつく。言葉の通り、強風を避けるための行為。他に意味はないとわかっていても、他人との接触にドギマギしてしまう。


「ちょっと……」


 抗議の声は上げてみる。でも今のわたしにとっては髪を束ねるほうが優先順位が高い。少しでも風が弱まった時にまとめてしまわないと、いつまでもバサバサしたままだ。


 ちょうどその時、風がピタリとやんだ。


「ねぇ、桜、好き?」


 背中を伝って、わたしの体の中に声が響いてくる。


「桜の樹が好きなのかな~って」


「……うん」


 わたしが答えると、謎の女の子が背中から離れ、


「おんなじだね~!」


 と叫んだ。


「わ~やっほ~! 楽しい! あなたも一緒に叫ぼうよ!」


 そう言って笑いかけてくる彼女の顔を、その時初めて、見た。



 目を奪われた――。



 わたしは髪を束ねるのも忘れ、呼吸をするのも忘れ、ただ彼女のことを眺め続ける。


 彼女が楽しそうに笑い、手招きしているのが見える。

 

 つむじ風に巻き上げられて、桜の花びらたちが天高く昇っていく。



 その時この世界に存在するのは、わたしと彼女の二人きり……だった。

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