四章「初雪」
第37話
テスト工程も大きな問題なく進み、十二月後半には陣之内のプロジェクトは予定通り納品となった。街はクリスマスイルミネーションで
「クリスマスなんて……クリスマスなんて……」
沖の
「沖さんは、恋人いらっしゃらないんですか?」
「いないよー! 欲しいけどね……。仕事以外は、家でゲームばっかだよ。そんなんだから、彼女もできないんだけど……さ」
「ゲ、ゲームも、おもしろいので……!」
「元村さんは、伊桜以来、恋人いないんですか?」
陣之内が訊いてきた。雪葉は目を見開き驚く。
「私ですか!? いません! いるわけありません! まったくモテませんしっ」
全力の否定だ。できるわけがない。沖が、「ならみんな一緒だから、怖いものなんてないね。ふふっ」と薄く笑った。
話題は次の案件の話になった。いまの案件は今月で終了したが、雪葉は来月もノヴァソリューションの自社案件に携われることになっていた。ただ、久我の案件ではないらしい。
「PMは、
沖と陣之内から、今週末にあるノヴァソリューションの忘年会に来ないかと誘われていた。雪葉の自社の忘年会は、今月の前半には終わった。仕事納めも兼ねた月末の帰社もいつも通りするため、十二月は月に二度帰社するようなものだ。やや気が重い。
「本当なら、金曜日はリリースの打ち上げしたいところなんだけどね……。忘年会の後、みんなで飲む?」
「いいですね」
雪葉は賛同した。陣之内も頷く。
「元村さんのおかげで、無事にリリースできました。ありがとうございました」
「いえ、私は、そんな……」
述べられた礼に、雪葉は笑みを返した。
「みんなが、がんばったからです」
金曜の夜六時、ノヴァソリューションの忘年会は、ホテルの広間を借りて開かれた。社員や主要顧客、あとは雪葉のようなパートナー会社の社員など、関係者が五百名以上参加している。本社ビルから、陣之内や沖と一緒にホテルへ向かった雪葉は、会場でもそのまま二人と一緒にいた。
「私なんかが参加して、本当に大丈夫だったんでしょうか」
「いいのいいの。まじめくさってるようで、みんなてきとーだから」
食事は立食式で、壁際に並ぶ料理や飲み物を自由に飲食できるようになっていた。前方に金の
表彰式もあった。二人が表彰され、その片方の女性を見ながら沖が言った。
「あの人が、上戸さんだよ。システム部と営業部から、毎年一人ずつMVPが選ばれるんだ。システム部からは、今年は上戸さんだね。大きなプロジェクトで大成功を収めたとか、営業利益がいいとかで、表彰されるんだ」
上戸は、三十代前半の背の高い女性で、ワインレッドのフォーマルドレスを着ていた。受賞挨拶も堂々としたもので、見るからに仕事ができそうだ。
「去年と一昨年は、久我さんだったんだよ。でもさすがに三年連続はなかったね」
余興のビンゴゲームの最中、雪葉がデザート全種類制覇を締め括ろうとしていると、昊の姿を見つけた。そばに久我と、それから上戸がいた。三人で話をしている。距離があるため内容までは聞き取れない。
昊は、笑っていた。久しぶりに見る笑顔だった。
九時頃に忘年会が終わった。予定通り、雪葉はチームメンバーたちと打ち上げに行こうとした。するとホテルの玄関ロビーで広瀬と会った。
「あれ? 元村さん?」
相変わらずの美人だ。笑顔で話しかけてくる。
「お久しぶりです」
「広瀬さん……お久しぶりです」
ひと月一緒に仕事をしただけだが、雪葉を覚えてくれていたらしい。
「もしかして、いま、ノヴァの案件やってるんですか?」
「はい、そうなんです」
十一月からノヴァソリューションの自社案件に加わっていることを、簡単に説明する。メンバーの一人が広瀬と同期だったらしく、一緒に広瀬も打ち上げに来ることになった。
そこへ、エレベーターから出てきた久我と昊が通りかかった。久我がチームの集まりに気づき、手を上げる。
「何? お前ら二次会?」
「はい。リリースの打ち上げしようと思って」
沖が答えると、久我は満面の笑みをたたえた。
「じゃあ俺も参加しようっと」
反射的に「え」と漏らしてしまった沖の肩に、久我が腕を回す。
「なんだよ。上司と飲む酒はまずいってか?」
「いや……そんなことは……」
「打ち上げですか。いいですね」
昊が愛想良く笑った。
「楽しんできてください。じゃあ俺はここで。お疲れさまでした」
「お前も来いよ」
去ろうとした昊の肩が、久我によって掴まれる。
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