第5話 喧騒の令嬢


 転入生が来た。三年からというのは珍しい。


 彼女の名前は『アリサ・ベルクルックス』。

 光魔法の遣い手で、精霊の加護の力を認められ、ベルクルックス男爵家に養子に入ったらしい。


 前例のない異例ずくしの対応に、学園中がざわついていた。それだけ彼女の光魔法は特別なものだということを暗に示していたのだ。


「はじめまして。アリサ・ベルクルックスと申します。皆様、よろしくお願いいたします」


 クラスに入り、教師の横に佇む御令嬢は元が平民だったとは思えないほど綺麗な所作で礼をした。


 視線をステラに向けると、彼女はジッとアリサを見つめていた。その表情からは何も感じ取れなかった。




 休み時間になるとアリサの周りには人集りが出来ていた。


「アリサさん。僕が学園内を案内するよ!」

「いいえ。こういうことは同性同士の方がよいに決まっています。私がご案内いたしますわ」


 周りのやり取りに困ったように首を傾ける。彼女のその姿は庇護欲を掻き立てる以外なかった。


 彼女は小さく微笑んだ。


「あの、ごめんなさい。ちょっと失礼します」


 そういって席を立つと、ある一人の青年の席まで来て立ち止まる。


「あの……よろしければ、学園を案内していただけますか?」


 その青年はチラリと彼女に目をやる。しかし、そのまま読んでいた本に視線を戻した。


「俺に言ったのか?」


 不機嫌さが混じる低い声が室内に響く。

 その声の冷たさに、彼女は少し動揺したが、続けた。


「ええ。貴方に案内していただきたいのです」


 彼女は周りが凍りついたように静かになっていることに気付いていない。

 周囲が静まり返った理由は明白である。

 いくら身分差を不問にしている学園内であったとしても、自分から彼に声をかけられる者は限られているからだ。ましてや案内をさせるなど。この場にそれを出来る者は……いない。


 その青年――シアンは、静かに本を閉じると大きく息を吐き、ガタリと席を立つ。そして、黙ったまま教室の扉へと歩き出した。


 彼女はクスッと小さく笑うとその後に続く。

 渋々ながらも案内してくれる。それが彼との始まりの物語だったから。


 隣を歩くアリサに目もくれず、彼は無表情で歩き続ける。図書室に着くと、アリサはようやく自分が勝手についてきただけだということに気が付いた。


「あの、シアン様。学園を案内してくださるのではないのですか?」

「誰が案内をすると言った? そして俺は君にその呼び方を許していない」

「……分かりました。では、先に教室に戻っていますね」

「君の行動は聞いていない。勝手にするといい」


 アリサに見向きもせず、図書室に入る。

 彼女の目前でピシャリと扉を閉めると、今までの喧騒が嘘のように静かになった。


 木漏れ日が射し込む窓際に近い席で一人、いつものように本を読んでいる令嬢が顔をあげ、チラリと彼を見た。

 視線が合うと、あからさまに彷徨わせ、慌てて本に戻す。


 対面の逆端に、いつものように腰掛けた。しかし、今日は何となく落ち着かない。

 そっと席を立つと、彼女の前へ移動し、椅子を引く。

 その気配に気が付いた彼女が顔を上げた。


「何か、御用ですの? ……プレアデス様」

「シアン、と呼んでいただろう? ステラ」


 はぁ、と小さくため息を吐くと、彼女は無理やり笑顔を作った。


「何か、御用ですの? シアン」

「ステラは転入生をどう思う?」


 急な問いかけに少し戸惑った表情をしたが、一瞬だけ視線を落とし、それから彼女は真っ直ぐ瞳を合わせて言った。


「『光』というよりは『闇』を感じますわね」

「同意する」


 的確な言い方に、つい本音が漏れた。

 彼女には何か……黒いモノを感じる。


 彼女は本当に『光魔法』の遣い手なのか?


 何だか、嫌な予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る