ぼく、ブッシュドノエルです!

うみのまぐろ

ぼく、ブッシュドノエルです!

 それは年の瀬も迫る十二月二四日の昼下がり、買い物客で混雑する渋谷の、とある百貨店のとある地下お菓子売り場のことだ。この日は年に二回ある、洋菓子売り場が最も混雑する日の一つ。


 ぼくは洋菓子売り場の一角のとある洋菓子店の、ショーケースの左から二番目で今か今かと売れるのを待っていた。今日はクリスマスイブなので、たくさんの人たちがケーキを買い求めて、お目当てのケーキを手にした人たちはみな笑顔で帰っていく。クリスマスとはそういう日なのである。


 ぼくたちはロールケーキである。正確にはチョコレートロールケーキである。クリスマスには、もちろん華やかなデコレーションケーキさんがたくさん売れていくけれど、ぼくらも味では負けてはいないし、甘すぎるケーキが苦手な人や、年配のご夫婦なんかがぼくたちを買って行ったりもする。ただ、やっぱり若者に人気なのはブッシュドノエルさんだ。



「ブッシュドノエルください」



 また一つ、ブッシュドノエルさんは買われていった。デコレーションケーキさんはもちろんだけど、ブッシュドノエルさんを見るたびに、わあ、とか、すごい、とか、そういった歓声が上がっていく。やっぱり人気者は違う。ぼくたちも同じようにみんなを笑顔にしたい。そう思って自分のなりを見てみると、華やかさも何もあったものではなかった。


 そこで、ぼくはブッシュドノエルさんの形をよくよく観察してみることにした。基本の形は似ているから、うまくすればぼくもブッシュドノエルさんみたいになれるかもしれないと思ったのだ。


 なるほど。ブッシュドノエルさんの表面は、クリームで波のようにデコレーションされていて、とても可愛らしくある。これだ。


 ぼくは、近くにあったフォークで体を薄くひっかいてしま柄をつくってみた。表面全体にこれを施せば完璧である。ぼくはぱたんと「ロールケーキ」というぼくの名前が書かれた値札を倒すと、となりのブッシュドノエルさんの値札を引き寄せた。



『ぼく、ブッシュドノエルです!』



 そのように主張していると、パティシエのおじさんが困った顔をした。ぼくを作ってくれたおじさんである。


「困るよ。君はどう見たってロールケーキじゃないか。そんなしまなんて作ってもストライプロールケーキが良いとこだよ」


『ぼく、ブッシュドノエルです!』


「ブッシュドノエルは薪だから、きりかぶのデコレーションをしたんだよ。君はロールケーキなんだから」


 おじさんはそう言って、伏せたぼくの値札をもとに戻すと、ブッシュドノエルの値札をもとあった場所に移動させた。ぼくはブッシュドノエルさんをもう一度観察する。確かに立派なきりかぶが付いている。


 そこでぼくは、後ろに控える兄妹たちと話し合ってみた。どうすればきりかぶを頭に乗っけられるのかについて。


『俺の友達に話の分かるきりかぶがいるから、すぐ連れてくるぜ』


 兄妹が連れてきてくれたのは、きりかぶの形をしたチョコレートクッキーのお菓子だった。きりかぶのクッキーは、よし、と意気込むと、ぴょん、とぼくの上に飛び乗った。これでぼくもブッシュドノエルに違いない。ぼくは再びロールケーキの値札を倒し、ブッシュドノエルの値札を引き寄せた。



 しばらくすると、再びぼくのことを見つけたおじさんが、仕方なさそうに溜息をついた。どう? どこからどう見ても、完璧なブッシュドノエルに違いないでしょう?


『ぼく、ブッシュドノエルです!』


「こらこら。きりかぶを乗っけてもだめだよ。どう見てもきりかぶのクッキーが乗ったストライプロールケーキじゃないか。だめだめ」


 おじさんはそう言って、また値札をもとの位置に戻した。


 ぼくは今一度、ブッシュドノエルさんをつぶさに観察してみた。確かにブッシュドノエルさんにはサンタが乗っていたり、粉糖がふってあったりと、ぼくよりも立派なところは多いけれど、おおむね同じなようにも見える。表面はギザギザできりかぶが乗っている。あと違うことがあるとするならば、ところどころ乗っているきのこの砂糖菓子くらい。



 そうだ。



 それだ。




 ***********


 ぼくは兄妹たちに何とかきのこを乗っける手段がないかを話し合った。兄妹たちは、なんだそんなことかと軽く笑った。


『大丈夫大丈夫!! あたし、きのこのお菓子に知り合いがいるからすぐ呼んであげる!』


 しばらくしてやってきたのは、きのこの傘の部分がチョコレートで、柄の部分がクッキーでできているお菓子だった。そのお菓子は、まかせとけ、と意気込むと、ぽぽんとぼくの上に飛び乗った。きりかぶにきのこ、これできっとぼくは完璧なブッシュドノエルである。ふん、とぼくは得意になった。そして再びブッシュドノエルの値札を引き寄せた。そんなぼくを、パティシエのおじさんは目ざとく見つけた。どう? 今度こそ完璧でしょう?



『ぼく、ブッシュドノエルです!』



 おじさんは困った顔をした。ぼくの完璧なブッシュドノエルっぷりを見て、きっと声もでないほど驚いているのだと思った。けれどおじさんは一つ頭を掻くと、残念そうな声で言った。


「ブッシュドノエルには見えないなあ」


『でも! ぼく、体にしまもあります! 立派なきりかぶもきのこもついてます! ぼく、ブッシュドノエルです』


「気持ちは買うけどね。でもやっぱり君はせいぜい、キノコアンドキリカブオンザストライプチョコロールケーキだよ。けれどそこまで言うなら、おじさんにできるのはこれくらいだ。ケーキの本分を忘れてはいけないよ」


 おじさんはそう言って、『ロールケーキ』と書かれた値札にマジックで何かを書き足した。『ブッシュドノエル風ロールケーキ』。ぼくが違うよと反駁しようとすると、おじさんはお客さんに声をかけられ向こうのほうに行ってしまった。ぼくはなんだかいじけたようなぽつんと残されたような気持ちになって、『ブッシュドノエル風ロールケーキ』の『風』の部分をマジックで塗りつぶし、『ブッシュドノエル●ロールケーキ』にした。


 そうしてぼくは悲しくなって、ショーケースの奥に取り付けられた、鏡張りの部分を見上げた。そこにはフォークでひっかいたしま柄の、きのこときりかぶのチョコレートクッキーを乗せたぼくが、うらめしそうにしょぼくれてこちらを見ているのが映っていた。


 精一杯つけた縦しまも、協力してくれたきのこもきりかぶも、隣に映る本物のブッシュドノエルには敵わない。でもぼくだってあんなふうに、お客さんを笑顔にしたかったんだ。



 ショーケースの天井を見上げたぼくが悔し涙を飲み込んだ、そのときである。




「わ、お母さん、すごい! 作りかけのブッシュドノエルだぁ」



 鈴のように弾む声がして、見ればガラスの向こう側に両手をついて、ほっぺたがくっついてしまうほどに近づいた女の子が、目を輝かせてぼくを見つめているのであった。その後ろにはにこにこと微笑むお母さんがいる。


「ねえお母さん、私、これがいい!」


 あっけにとられているうちに、ぼくは箱に入れられ、保冷剤とともに買われることになった。兄妹たちからわぁわぁと歓声が上がる。パティシエのおじさんはふふんと鼻を鳴らすと、まるで応援をするように、びっと親指を立てたのであった。



 ********



 その後、ぼくは女の子の家に連れてこられ、まずはキッチンに運ばれた。きのこときりかぶを外されると、縦じまの外側にチョコの入った生クリームでふわふわの縦じまを塗ってもらい、マロングラッセをトッピング、きのこときりかぶも戻ってきて、ココアと粉糖で雪化粧をしてもらった。夢にまで見たサンタの砂糖菓子。それから、マシュマロとゴマで作ったシマエナガを3つ、大きい親鳥を2つ、小さい小鳥を1つ乗せて、月桂樹のかざりをもって、ぼくはようやっと完成した。



「お父さん、喜んでくれるかな」



 女の子は、不安そうに言った。それに答えるように、お母さんは女の子の髪を優しくなでた。


「ねえ、ブッシュドノエルがどうして薪の形をしているか知っているかしら?」


 知らないよ? どうして? と、女の子は首を傾げる。お母さんは女の子の柔らかな髪を撫でている。


「昔、クリスマスケーキを買えない貧しい人が、恋人に薪をプレゼントしたの。その薪を燃やして二人で温まれるように。ブッシュドノエルには、寒い冬でも、クリスマスは温かい気持ちでいたいという祈りが込められているのよ。だから、お父さんもきっと喜ぶわ」


 そうなんだ、と女の子は納得するように言った。




 そうして、夜八時も回るころ、がちゃ、と玄関の鍵が開けられる。お父さんが帰ってきたのだ。赤の包装紙に緑のリボン、大きなプレゼントを両手に抱えて。


「お帰りなさい! お父さん、私、ケーキを作ったの! お父さんへのプレゼントだよ!」


 クリスマスのごちそうの並ぶテーブル、灯されたキャンドルの炎に照らされて、女の子は満面の笑みである。ぼくを覗き込んだお父さんも、その後ろに控えるお母さんも、もちろんまた笑顔である。きのこもきりかぶも、シマエナガたちも笑っている。ああ、パティシエのおじさんは言っていたっけ。ケーキの本分を忘れるな、と。


「ありがとう。すごいじゃないか。このケーキはなんていうんだい?」



 ぼくは。ぼくの名前は。


 そうしてぼくも笑顔になって、大きな声で答えたのだ。



『ぼく、ブッシュドノエルです!』

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