クリスマスからおくられる

桜花 御心都

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 辺りはすっかり暗くなり、街は星明りをかき消すように輝き始める。木も街灯もオシャレをしていて、どこのお店もきらきらと輝いていて、まるでこの街自体が星になったように錯覚する。俺とすれ違う人々は厚着をし、白い息を吐きながらどこかに向かっている。いや、時間的に帰っているのかもしれない。そう言い切れないのはこれから俺が仕事だからだ。




 十二月も中旬を迎えた今日。俺はいつも通り、仕事に向かう。




「いやぁ、いつもいつもごめんね」

 店長と出会って開口一番謝罪された。別に気にしてなんていない。いつも通り。

「別にいいっすよ。暇してたんで」

「ほんと助かる! 補修でバイト出られないんじゃしょうがないよね」

 詳しい話を聞くとバイトの一人が学期末テストでこけたらしい。ぎりぎり赤点で補修が入ってしまったのだとか。もうそんな時期かとロッカールームで着替えながら考える。六年前の俺も同じ立場だったのだが、それを覚えていられるほどの余裕なんてなかった。

「今日の代わりの休みは二十四日でいいかな」

「……どうしてわざわざその日なんです?」

「その日しかないんだよね」

「はぁ……」

「クリスマスイヴくらい休んで羽でも伸ばしておいで」

 店長はそういって、キッチンへ向かった。クリスマスイヴとクリスマスは基本的に人がいない。バイトは基本的にデートへ行くからだ。まぁ俺も学生ならその日くらい休んでもいいと思っているから何とも思わないが。俺が渋ったのはクリスマスの過ごし方を知らないからだった。

 俺の家にクリスマスなんて存在しなかった。父親がギャンブルに金をつぎ込む屑で、母親がそんな父親が好きだったから。だから家はいつも貧乏で、クリスマスなんて記念日は存在しなかった。自分の誕生日だってまともに祝ってもらったことがないのにクリスマスなんてあるわけなかった。そんな父親のよかったところは俺に暴力を振るわなかったところだろう。ギャンブル中毒者は家族を殴ったり蹴ったりなんて描写がよくあるが、俺は父親に殴られたことも蹴られたことも一度もない。周りから見たら優しい父親だった。ただ、自身で働いた金を限界までギャンブルにつぎ込む屑だった。それだけ。そんな父親を見ていながら、母親は止めなかった。父親から嫌われることを恐れていた。だから、あの時、俺の高校入学のお金と妹の小学校のお金を使おうとする父親を止めなかった。クリスマスイヴの夜に二人で心中することも止めなかった。中学三年の俺と、もうすぐ小学一年生になる妹を置いて、だ。

 祖父母には頼れなかった。親との関係が死ぬほど悪かったから。特に母親の方に関しては俺たちはいないことになっているくらい仲が悪かった。葬式はしなかった。だって、そんなお金なかったから。親の遺灰は海にまいた。だって、墓なんて立てられなかったから。一通り終わったところで俺は妹の学費を稼ぐために、これから生きていくためにバイトを始めた。最終学歴中卒だ。今の社会、中卒で雇ってくれるところなんてそうそうない。やっと見つけたところは家からかなりの距離があり、現実的ではなかった。そんな俺を雇ってくれたのが、ここ。俺の幼馴染の親がやっている居酒屋だった。

「いらっしゃいませー」

 着替えを終えて急いでホールで接客を始める。働き始めて六年。始めこそぎこちなかったが慣れたものだ。店長からはすでに次期店長を託されている。

「お、せんぱーい。お疲れ様でーす」

「その呼び方やめろ。同い年だろ」

 俺の幼馴染、千森暁音ちもり あかね。店長の一人娘。

「えー、君のほうが学年一個上じゃん」

「誕生日一日違いだから関係ないだろ」

 俺が四月一日に生まれて、暁音が四月二日に生まれた。が、学年は一個違う。日本の法律がそうなっているのだ。だから俺は暁音に先輩だなんて言われてからかわれることになっている。

「俺と同じ学年がいいってさんざん泣いてたのはどこの誰だっけな」

「それは言わなくてよくない……?」

 まぁ、こんな感じであるが俺の唯一の友達だ。貧乏だと知っていなくなる人はたくさんいたし、小学校中学校の友達とは俺から縁を切った。友達と呼べる人はこいつだけだった。

「今日は配信やらなくて大丈夫なのか?」

「うん。昨日たくさんやったし、事務所にはもともと休み提出してたし、大丈夫」

 千森暁音は配信業をやっている。アニメのキャラになりきって配信――詳しく知らないのでこの説明であっているかわからないが――しているらしい。かなりの売れっ子で収入は億を超える。たしか配信名義は春眠暁音はるねむあかねといったか。

「昨日の配信見てくれた?」

「見るための携帯がないんだっていつも言ってるだろ」

「君、ガラケーだもんね」

「お前みたいにいつも最新のスマホが買えるわけじゃない。買えたところで動画見れるか怪しいし」

「でも、私のニュースは頑張って検索して見てくれてるじゃん」

 突然、俺の秘密を話されて食器を落としそうになる。どうして暁音が知っているんだ?

「検索履歴、消さないとバレちゃうよ? 君が使ってるアカウントは私が作ったやつなんだから」

 ガラケーすらまともに使えなかった俺を通話や調べものができるくらいまで教えてくれたのも暁音だった。なら、調べ物くらい筒抜けであることは覚えておいたほうがいいのかもしれない。

「ほんと、私のこと好きだよね」

「ほら、喋っていないで仕事しろ」

「はぁーい。先輩に注意されたので仕事しまーす」

 暁音はおちゃらけながら厨房に向かった。俺はため息を一つついて、これから混み始める時間に備えて気合を入れなおした。


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 カンカンと鉄骨特有の音を鳴らしながら階段を上がる。古びたアパートの一室。そこが俺と妹、花音かのんの家だ。時間は二十三時を回っており、明日も学校のある花音はすでに寝ているだろう。

「ただいま」

「あ、お兄ちゃんおかえり」

「まだ起きてたのか」

「すこし、寒くて」

「俺の掛布団使え。寝ないと授業中寝ちゃうぞ」

「……うん」

 花音は何か言いたげな表情で俺を見つめていた。多分、今日は寝付けない日なんだろう。誰だってそういう日はある。俺は手を洗った後、ココアを入れてやる。

「ほら」

「お兄ちゃん、ありがと」

「何か、相談か?」

「ううん」

 何かをはぐらかすように、目をそらしながら返事をする。母親と同じ癖。花音は親をあまり覚えていないはずなのに、これはしっかりと受け継いだ。おかげで隠し事はすぐに見抜ける。何か隠していることはわかっていても今聞くのは違うと思った俺は風呂に入ることにした。もし出てきたときにまだ花音が起きていたら話を聞こう。結局、俺が風呂を上がった時には花音は寝ていたのだが。


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 次の日の朝。起きた時には花音はすでに学校に行っていた。寝る前に作った朝ごはんはしっかり食べたようだ。俺の仕事が夜のせいでなかなか会うことができないが、こうしてご飯をしっかり食べているのがわかると安心する。花音にはこうしてご飯を食べて学校に行く権利がある。本来であればそれを達成させるのは親の仕事なのだが、どうにもこうにも世間で言われている親ガチャたるものに失敗したらしい。前世で何をしたらこんな大外れを引くのか教えて欲しいがそれを言っていてもしょうがない――といつも自分に言い聞かせている――からこれからいいことがあると願って今を頑張って生きると決めた。せめて、花音だけは普通の生活を送らせてあげたいから頑張ろうって決めた。自分の分まで普通に生きて欲しいから。まぁ、こんなボロボロのアパートに住んでいる時点で普通かと言われたら普通ではないんだけど。

「さてと」

 今日はスーパーの特売がある日だ。早く準備して行かなくては。


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「あれ、先輩。こんなところで何してるんですかぁ?」

 買い物中、不意に先輩と呼ばれ後ろを向く。俺のことを先輩と呼ぶのは一人しかいない。

「お前なぁ」

 やっぱり暁音だった。きっと俺と同じで買い出し中なのだろう。

「奇遇ですねっ!」

「いつからつけてきてたんだ?」

「つけてなんてないよ? さっき見つけたんだもん」

「本当か?」

「本当だって!」

 前に家からスーパーまでストーカーされていたこともあったから信用ならない。 この言い方なら本当なのだろう。

「ってかお前学校はどうした?」

「今日休み」

「大学生ってこんな余裕あるのか」

「私が余裕持ってやってんの。もう大学三年生だし、一年と二年頑張った証拠よ」

 胸を張っている暁音。六年間アルバイトの俺にそんなことを言われても……なんて言い返そうとしたが、実際のところ配信業と大学を同時にこなしてきたんだ。並大抵の努力でないのはわかった。

「君は買い物? よかったら手伝おっか?」

「大丈夫だ。お前だって買い出し中だろ?」

「うん。今日の配信のお供を買いに」

 買い物かごをみるとエナジードリンクとお菓子が大量に放り込まれていた。

「あんまり女性にこういうことは言いたくないんだが……太るぞ」

 バチーンとビンタの音が響く。会心の一撃。

「女の子にそんなこと言っちゃダメだよ」

「……痛い」

 きちんと前置きをしたのだが、聞こえていなかったのかもしれない。きっとそうだ。

「配信のたびにこんな買い込んでるわけじゃないよな」

「うん。今日は時間がかかりそうだからさ。ちょっと不摂生な感じになっちゃってるだけ」

「だよな」

 そうでなかったらこんな美人にはならないだろう。よくよく考えてみれば、暁音が日付が変わるまで配信しているところを見たことない気がする。俺が見ることができる時なんてほんのわずかしかない――店長の携帯を借りて少し見る程度――からなんとも言えないが。でも、そうでなかったらここまでルックス保ったまま配信業を続けるのは難しいはずだ。

「本当すごいよなお前」

「え? 突然褒めてどうしたの? 何も出ないよ?」

「出さないでくれ。迂闊に褒められなくなる」

 会計を済ませてスーパーを出る。もちろん暁音も一緒だ。

 帰り道は途中まで一緒で。前は暁音の家の二つ隣の家だったが、そこに住み続けることはできなかった。俺の稼ぎではどうにもならなかった。

「あれ? 花音ちゃんじゃない?」

 暁音が指差す方向に顔を向ける。彼女の言う通り花音がいた。その隣には友達だろうか。笑いながら帰っている。花音とあまり学校の話をしないから、こういう風に友達と笑い合って一緒に帰っている姿を見ると安心する。俺の頑張りが実っている。そう感じる。

「ねぇ、声、かけてみようよ」

「……」

「かけないの?」

 どうするべきなのだろうか。


A.声をかける


B.声をかけない

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