3.死にゲーは積みゲーになりやすい?
「私が来る前から救世主がいた、と?」
「ええ、まあ」
特別感どこいったのと思わざるを得ないが、設定上、必要なのかもしれない。
「でも、私が呼ばれたということは、この世界は救えていないってことですよね?」
「……そうです。恋愛がしたいのだと言って街に着いた途端旅を辞めてしまった方、最初はやる気だったのですが、途中から無理だと嘆き、近くの村でずっと留まっている方がいますね」
私の予想だと、前者はパッケージイラストに騙された乙女ゲームプレイヤー。後者は死にゲー初心者なのではないかと思われる。
実際に会って話してみないとわからないが、旅の途中で会うことはできるだろうか。
「その方達は今もこの世界にいるんですか?」
「はい。恐らくすぐに出会えるかと……」
そんなに序盤なのかよと言いたいところだが、死にゲーはどこからでも躓くものだ。私も最初にプレイした死にゲーは、序盤で何度も殺され一度ゲームから離れてしまったほどだ。
今じゃクリアするまで辞められない体になってしまったが。
乙女ゲームプレイヤーに出会うことは容易だろう。まず近くの街に行って話してみよう。何かわかるかもしれない。
「前者の方はどこにいるんですか?」
「ここから道なりに進めば街が見えてきますよ。僕も用があるので、一緒に行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
◇
敵のいない、なだらかな道を進む。時々馬車が通るが、挨拶を交わす程度で何かイベントが始まる様子もない。
敵がうじゃうじゃいる訳ではないのは助かるが、こんなにのどかだと、死にゲーということを忘れてしまいそうだ。
「そういえば、名前を言ってませんでしたね。僕の名前はイナトです。ゲムデース国の騎士です」
「凛です」
ゲムデース……デスゲームをもじったものか? タイトルからしてふざけていると思っていたが、国の名前さえも適当とは恐れ入った。
しかもその理屈でいくとイナトはナイトの並びを変えただけだ。
「……リン様、どうしたのですか?」
「なんでもないです。そういえば、なぜイナトさんはあそこに?」
「あの砦に賊が現れので退治してほしいと依頼を受け、対処に向かっておりました。その時、ゾンビも現れ……。お恥ずかしながらその時に深傷を負ってしまいました」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるイナト。かなり悔しかったようだ。
「敵は多いと厄介ですからね。できるだけ1対1で戦いたい気持ちはよくわかります」
画面外から投げられる投てきに怯んでそのまま殺されたり、画面内に見えるものの、他の対処で手いっぱいで刺されたり。
成功よりも失敗談の方が語れるだろう。
「貴女はとても達観しているようですね」
「いやいや、そんなことないですよ。正直こうして生身で戦うことは初めてなので」
「初めて!? 初めてであの回避を?」
信じられない顔をしているが、敵か味方かわからないまま切り掛かるイナトも信じられない。と返したいところだが。ここで好感度を下げるのは得策ではないだろう。
「運が良かっただけですよ」
ゲームシステムですと言って良いものかわからずはぐらかす。
「言いたくないのなら聞きませんが……。ああ、見えてきましたよ。ファースト街」
ファースト街。最初に訪れる街だからだろう。安直すぎる気もするが、この際気にしないことにする。
ファースト街は意外と賑やかな雰囲気だった。死にゲーなら殺伐としているか、廃墟同然な見た目をしていると思っていた。さすがに乙女要素が含まれているため配慮なのかもしれない。
「イナトさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです、マリエ」
ハンドバスケットを片手に持ち、セーラー服のような服を身につけている少女。髪色はピンク色で顔立ちも可愛い系だ。
少女は和かにイナトを見つめていたが、隣にいた私を見て驚きの表情を浮かべた。
「もしかして……新しい救世主?」
「はい。貴女が最初の救世主?」
「そうです! まさかこんなことになるとは思わなくて…………」
私が聞くよりも先に、マリエは涙目になりながらも自分の状況を話してくれた。
私の予想が的中しており、マリエはパッケージイラストで乙女ゲームだと勘違いして購入。
ムービーをしっかり見ており、危機を救う旅に出ることは把握していたとのこと。ただ、乙女ゲームならそんなに難しい戦闘はないだろうと気にせずにボタンを押しこの世界に来てしまったと嘆く。
だが、街の人々は優しく、マリエを快く受け入れた。
後から光る何かからも別の救世主を連れてくると謝罪されたとか。
「まさか自分自身がこの世界に飛ばされるとは思いませんよね」
「ほんとそれなんですよ! 女の子可愛く作れるし、攻略対象はイケメンもマッチョもいるし楽しそうだと思って買ったら怖い世界に飛ばされて……ここに来るまで散々でした」
「お気の毒に……それで、いい人は見つかりました?」
「それがですね」
そう言いかけたところで、マリエの後ろから巨漢の男が現れた。男はマリエを背後から抱きしめて野太い声だが、甘えた声で名前を呼ぶ。
「マリエ〜!! 帰りが遅いから何かあったのかと心配したんだぞ」
「スミス! ごめんね。イナトさんが新しい救世主と来ていたから、つい」
「救世主様!? 大変失礼しました。僕、この街で鍛冶屋を営んでおります。スミスです。……えっと、マリエは僕の恋人です」
マリエから離れ、丁寧に挨拶をする。そして、照れながらもしっかりと恋人であることを伝えてくるところを見ると、良い関係を築き上げているようだ。
「と、いうことで、すでにいい人は見つけたんです」
マリエも恥じらいつつ、スミスの手を握った。
あまりの甘い雰囲気に私は言葉を失ったが、その隣でイナトは涼しい顔をしていた。いつものことなのだろう。
マリエが心配で抜け出していたようで、「そろそろ仕事に戻らないと」とスミスが慌てた様子で踵を返す。マリエも「私は買い物とご飯の支度!」とスミスと一緒に少し駆け足で去っていく。
そのまま振り返らずに行くかと思いきや、私への別れの挨拶を忘れず、一度大きく2人でお辞儀をして。
幸せそうで良かったと手を振り見送った。
2人が見えなくなった後、イナトは私を見る。
「僕は人に会いに行きます。リン様。今日はもう遅いので、あそこの宿屋で休んでくださいね」
それだけ言うと、イナトも少し足早にその場を後にした。
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