食べたがり語りたがり

矢木羽研(やきうけん)

第1話:幻のチャルメラと屋台ラーメン

ドレミ~レド、ドレミレドレ~♪


 ごく小さい頃から、家にあった古いオルガンでチャルメラのメロディを弾いていた気がする。どこで知ったのかは覚えていないが、とにかくこの11音が「ラーメン屋さんのテーマ」であるというのは知っていた。


 生まれ育ったのは、まあ大まかに言えば地方都市である。全体としては首都圏のベッドタウンで、周辺を細かく見れば古くからの職人街といった属性がうっすらと残っていた。当時はバブル真っ最中のはずだが、いわゆる地上げとも縁の遠いところだった気がする。そんな、時代の発展に取り残されつつある町のはずれで物心がついた。


 ある夜、おそらく21時ごろ。布団の中で両親に寝付かされようとしている頃だったか、外から例のメロディが聞こえてきた。生で聞いたのは初めてだったはずだ。両親も驚いていたような気もする。それだけ、わが町にとってラーメン屋台というのは珍しい存在だったのである。


 その夜だったか別の夜だったか覚えていないが、親にねだって買ってもらった。夜中に子供に食べさせるようなものでもないと思うが、おそらく両親としても物珍しさがあったのだろう。手鍋を持参して、そこに麺とスープを入れてもらうというスタイルも両親は知っていた。ラーメンはシンプルな東京式の醤油味というか、それ以外のラーメンがほとんど無い土地柄だったような気もする(せいぜい、店によって味噌や塩を選べる程度)。


 ラーメンの味はよく覚えていない。今なら「おそらくこんな感じだっただろうな」というイメージを知識から再構成できるが、幼少期の私はそもそもラーメンをよく知らなかった。せいぜいインスタントをたまに作ってもらう程度で、店で食べたことはあっただろうか。昔からの職人街なので出前をしている店も多い土地柄だったが、家で頼むのは決まって蕎麦かうどんだった。


 ラーメン屋はその後も何度か来たが、買ってもらったのは一度切りだった気がする。ときどきチャルメラの音色が調子外れになって、親と「今日は下手だね」などと笑っていた。今思うとテープがたるんでいたりスピーカーの調子が悪かっただけだと思うが、もしかしたら生演奏だったのかも知れない。ともかく、私が幼少期だったほんの三十数年前(1980年代後半)には、「チャルメラを鳴らして街を練り歩く夜鳴きラーメンの屋台」というのは、確かに実在していたのである。


 それ以来、チャルメラの音を聞くことはなかった。大人になって東京方面に進学・就職するころには、既に街頭屋台という存在は時代遅れとなり、もっぱらフィクションの中のみの存在になっていた。また冷静に考えてみても、店舗で食べるラーメンより上等なものであるとも思えない。


 しかし今でもたまに思い出すのである。寒い冬の夜に外から聞こえるチャルメラの音。鍋を片手にどてらを羽織って屋台を呼び止めるという体験。大人になればいつでもできると思っていたことが、実は当時にしかできないことだったと知るのはずっと後のことであった。今、来てくれたら迷わず食べに行くと思うのだが、おそらく故郷でそのような体験をすることはもう二度と無いのだろうと思う。地方によっては未だに現存するようだが、そこまで追いかけて食べに行くのも何か違う気がする。


 あの頃の暗くて寒かった夜の町の幻の中で、今もチャルメラは鳴り続ける。

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