第9話 フルールとブルーノ
「……お嬢様、ララです」
「入って」
ララにお願いしてから五日目。離れの部屋にララが訪ねてきた。
「あの、さきほど本邸に洗濯物を取りに行ったら、
本日の午後にブルーノ様が来る予定だと侍女たちが準備をしていました」
「そう……ありがとう。わかったわ」
他の者たちに見つからないように抜け出してきたのか、
ララは隠れるようにして帰っていった。
今日の午後にブルーノが本邸に来る。やっぱり私には手紙が来ていない。
先週にブルーノを見かけたという日から六日しかたっていない。
私との勉強会は月に一回だったのに、本当に毎週本邸に来ている?
信じたくない気持ちと、ブルーノに裏切られた気持ちで、胸が苦しい。
もしかしたら、ミレーを取られた時のようにブルーノまでフルールに奪われてしまう?
どうしよう。そんなのは嫌だ。
婚約者だからといって愛し合っているとかそういう感情はない。
だけど、今までずっと一緒に領主になるために頑張ってきた。
親から醜いと言われても、何も言い返せなくてつらい思いをしてきた。
ブルーノは私と同じ気持ちを知っている、仲間だと思っているのに。
見たくない、知りたくないと思いながら、午後になって本邸に向かう。
本邸に向かう前に、敷地の門の近くにアレバロ家の馬車が止まっているのが見えた。
本当にブルーノが来ている……何かわけでもあるんだろうか。
応接室をノックすると、フルールの返事が聞こえた。
「入っていいわよ」
侍女でも来たと思ったのか、入ってきたのが私だとわかると意外そうな顔をした。
「あら、フェリシー?」
フルールとブルーノは同じソファにならんで座っていた。
私とだって、そんな座りかたはしたことがないのに。
一応は勉強をしていたのか、薄い教科書が一冊テーブルに置いてある。
ただし、教科書は閉じたままだし、テーブルの上にはたくさんのお茶菓子が置いてある。
どう考えても勉強というよりは、お茶を楽しんでいたように見える。
どこから文句を言っていいか迷っていると、ブルーノがため息をついた。
「やっと来たのか。だが、今さらだな。フェリシー。
すぐに謝るのならまだ許したかもしれないのに、何にらみつけているんだ」
「え?」
やっと来た?すぐに謝る?どういうこと?
ブルーノの言葉に戸惑っていると、はぁとあからさまにため息をついた。
「俺としてはもう優しく対応するのも限界なんだ。
フルールに嫉妬するのは仕方ないが、あまりにも行動が子供っぽい」
「子どもっぽい?私が?」
「だって、そうだろう。
フルールが勉強しようとしているのを邪魔して家庭教師を辞めさせたり、
一緒に勉強会するのを嫌がって部屋から出て来なかったり。
何度も行動をあらためるように俺が手紙を出しても返事もしない。
ミレーを呼びに行かせた時は怒鳴って追い返したんだろう?」
「……なん」
何の話なのかと聞き返そうとしたら、ミレーの大きな声に阻まれた。
「申し訳ございません、ブルーノ様。わたくしの力不足です。
いくらフェリシー様が怒鳴っていても、根気よく説得するべきだったのです。
あぁ、怒らないでください……フェリシー様」
「またそうやってミレーを叱るつもりか。
侍女が可哀そうだと思わないのか」
「ちがっ」
ミレーが何を言っているのか信じられなくて凝視していたのに、
睨みつけたように見えたのかミレーが怯えるように震え出した。
それを見たブルーノが呆れたように私を責める。
いったい何が起きているのかわからない。
フルールを見ると、楽しそうに笑っている。
おそらくフルールが何か嘘を言ったに違いない。
そして、ブルーノはそれを信じてしまっている。
何を言ったら誤解だと伝えられるんだろう。
「フルール、これはどういうことなの?」
「……だって、フェリシーが意地悪するから、もう我慢できなくて。
お父様とブルーノに話してしまったの。
勉強したいのにフェリシーが邪魔してくるのって」
「私はフルールの邪魔なんてしていないわ!」
「勉強教えてって言ったのに、嫌だって言ったじゃない。
ブルーノにも会わせないようにしていたし」
「それはっ」
それはそうかもしれないけれど、フルールの勉強を邪魔したわけじゃない。
私とブルーノの邪魔をしないでほしかっただけなのに。
「もう、今さら顔出さなくてもいいよ。
フェリシーは一人で勉強したいんだろう。
ミレー、悪いけどフェリシーを離れまで連れて行って」
「かしこまりました」
ぐいっとミレーに腕を引っ張られ、応接室から連れ出される。
そのまま離れへと向かう廊下をつかつかと歩くミレーに何か言わなくてはいけないと思う。
「ミレー、あなたどうしてあんな嘘を」
「私はフルール様に忠誠を誓いましたので」
「フルールに命令されてあんな嘘を?」
「さぁ、どうでしょうか。
フェリシー様はもう本邸に来ないほうがいいと思いますよ。
これ以上みじめにはなりたくないでしょう?それでは失礼します」
本邸から外に出され、呆然としている間にミレーは一礼して去っていった。
離れで二人でいる間の優しい思い出が消えていくのを感じた。
どうして、ミレーはあんな嘘を平気で言うようになってしまったんだろう。
お互いに助け合っていたように思っていたのは私だけだったんだろうか。
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