ようやく見つけた手がかり
私が六道屋に到着すると、黒いインパネスコートを着た男性が立っていた。真っ白な髪に真っ白な肌で、服だけ浮いているように見えるけれど、最近よく見る顔だ。
「
「ああ、貴様か。大神が珍しく律儀に仮を返すと言っていたのは」
死神は神とあやかしの間でいいように使われているようだから、あやかしや逃げ出した遊女だけでなく、神に対しても思うところがあるようだ。
私は「いえ、私じゃなくって
私の珍妙な回答に、
「あのう……本当によろしくお願いしますと、大神様にお伝えください」
「わかっている。だが、ひとつだけ忠告しておく」
「はい?」
私が首を捻ると、
このひとは仕事熱心なせいなのか、性分なのか、どうにも言っていることに温度が通っていないように聞こえる。悪いひとではないとは思うけれど、そのあたりが少し怖いと思ってしまう。それとも、徳を積みきれなかった幽霊を連行しないといけないから、怖がられないといけないひとなんだろうか。
私がとりとめのないことばかり考えている間に、
「裏吉原は、神のための場所とは、もう聞いているな?」
「あ、はい……先生からは一応」
「万屋から聞いているなら結構だ。裏吉原にいる連中は、どれもこれも裏吉原の法則に乗っ取って生活しないといけない。人間の貴様や、死神である俺でも、そこから逃げ出すことは不可能だ」
「ええっと? 徳を積んで、一定期間中に一定量溜めないと駄目とか、そういう話ですか?」
「大きな話は徳の話になるが、まあそうなるな。だがな、ここでそれすら踏み越えることができる存在がいる」
「……神」
「ああ、そうだ」
「あまり神に期待はするな。あれは法則は敷いてきても、必ず約束を守る訳ではないぞ」
「それって……期待するなってことですか?」
「そう取ってくれてかまわない」
それだけ言い残して、
私はその言葉を、ただ掌をギューッと握りしめて、耐えて聞いていた。
「なんというか、それって」
あんまりにも、あんまり過ぎると口にしたかったけれど、言葉にならなかった。ただ私は、ひとりになるのが嫌で、万屋に戻る前に、喜多さんの店に立ち寄った。
今日は繕い屋がお休みらしく、のれんはかけてなかったものの、番台に出てお茶をしていたところを戸を開けたため、喜多さんは驚いて危うく湯飲みを落としかけた。
「あら、音羽さん。どうしましたか?」
「……姐さんの手がかりが見つかりそうで」
「あら! おめでとうございます。よかったですね」
「まだ、完全に見つかったって訳じゃないんですけどね。ただ」
「ただ?」
「……死神さんに警告されたんです。神様の言葉を鵜呑みにするのはやめろと」
「まあ……」
喜多さんは難しい顔をすると「もらいもののカステラがありますよ。お茶と一緒にどうですか?」と勧めてくれた。
思えば今日はまだ、湯漬け以外は食べていない。しかも早朝だったがために、クゥーとお腹が鳴ったので、顔を火照らせる。
「……すみません。よろしくお願いします」
「はいはい」
喜多さんはくすくす笑いながら、カステラをひと切れと玄米茶を出してくれた。
カステラを頬張ると、その甘さが懐かしくなり、思わずボロッと泣いてしまう。
「おいひいです」
「それはよかったです……泣かないでくださいよ、音羽さん」
「はい……」
私は淡々と姐さんの話をした。
「……姐さんは、吉原から逃げ出したかった人なんで。もし裏吉原の遊郭にいたら、どうしようとずっと思っていました。あと二軒の大見世にいる可能性が高いんで、余計に不安だったんですけど」
「そうですね……大見世の様子は、私たちには届きませんし。大見世だったら、もうちょっと遊女も大切にしてくれるとは思いますけど……」
「……少なくとも六道屋は違いました。そこでの稼ぎ頭のひとすら、訳ありだったとは言えど倒れて起き上がれなくなってましたし……そんなところに、姐さんがいたらどうしようと思っています」
「でも、それすら本当かどうかもわからないんですね?」
「……はい。
私は玄米茶を飲んだ。甘いカステラのあとに、香ばしい玄米茶の香りが私を落ち着かせた。不安はちっとも消えてはくれないけれど。
私の吐露に、喜多さんは困ったように髪を揺らした。
「慰めになるかはわからないんですけど……多分。多分ですけど」
喜多さんは迷ったように言葉を選ぶ。そんな言葉を選ばさせてしまうことが、余計に私は申し訳なく思う。
「……なんとかなりますよ、多分」
「そうなんでしょうか」
「もちろん努力が報われるとか、思いは届くとか、裏吉原ではなかなかない話ですけど。気持ちの整理だけは、ちゃんとできるところだと思います」
花街はいつだって、お客様のための場所。
住民すら花街の一部であり、お客様より上には存在できない。
特に裏吉原は神のための遊郭であり、神より上の存在なんてここにはいない。
努力は報われず、思いは届かず、それでも気持ちの整理ができることに救いはあるのか。今の私にはよくわからず、ただ途方に暮れている。
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