ようやく見つけた手がかり

 私が六道屋に到着すると、黒いインパネスコートを着た男性が立っていた。真っ白な髪に真っ白な肌で、服だけ浮いているように見えるけれど、最近よく見る顔だ。


帷子かたびらさんが……大神さんのお使いですか?」

「ああ、貴様か。大神が珍しく律儀に仮を返すと言っていたのは」


 死神は神とあやかしの間でいいように使われているようだから、あやかしや逃げ出した遊女だけでなく、神に対しても思うところがあるようだ。

 私は「いえ、私じゃなくって不明門あけずくんが対処してくれたんですけど……」と言う。いくらなんでも私が解決したなんて言い張るのはおこがましいと思うから。

 私の珍妙な回答に、帷子かたびらさんはふっと笑って「そうか」と答える。私が差し出した風呂敷を見ると「たしかに受け取った」と持ってくれた。


「あのう……本当によろしくお願いしますと、大神様にお伝えください」

「わかっている。だが、ひとつだけ忠告しておく」

「はい?」


 私が首を捻ると、帷子かたびらさんは淡々と言葉を返してきた。

 このひとは仕事熱心なせいなのか、性分なのか、どうにも言っていることに温度が通っていないように聞こえる。悪いひとではないとは思うけれど、そのあたりが少し怖いと思ってしまう。それとも、徳を積みきれなかった幽霊を連行しないといけないから、怖がられないといけないひとなんだろうか。

 私がとりとめのないことばかり考えている間に、帷子かたびらさんは口を開いた。


「裏吉原は、神のための場所とは、もう聞いているな?」

「あ、はい……先生からは一応」

「万屋から聞いているなら結構だ。裏吉原にいる連中は、どれもこれも裏吉原の法則に乗っ取って生活しないといけない。人間の貴様や、死神である俺でも、そこから逃げ出すことは不可能だ」

「ええっと? 徳を積んで、一定期間中に一定量溜めないと駄目とか、そういう話ですか?」

「大きな話は徳の話になるが、まあそうなるな。だがな、ここでそれすら踏み越えることができる存在がいる」

「……神」

「ああ、そうだ」


 帷子かたびらさんは風呂敷を抱えると、私に背を向けた。そして最後に言葉を投げかけてくる。


「あまり神に期待はするな。あれは法則は敷いてきても、必ず約束を守る訳ではないぞ」

「それって……期待するなってことですか?」

「そう取ってくれてかまわない」


 それだけ言い残して、帷子かたびらさんは立ち去ってしまった。

 私はその言葉を、ただ掌をギューッと握りしめて、耐えて聞いていた。


「なんというか、それって」


 あんまりにも、あんまり過ぎると口にしたかったけれど、言葉にならなかった。ただ私は、ひとりになるのが嫌で、万屋に戻る前に、喜多さんの店に立ち寄った。

 今日は繕い屋がお休みらしく、のれんはかけてなかったものの、番台に出てお茶をしていたところを戸を開けたため、喜多さんは驚いて危うく湯飲みを落としかけた。


「あら、音羽さん。どうしましたか?」

「……姐さんの手がかりが見つかりそうで」

「あら! おめでとうございます。よかったですね」

「まだ、完全に見つかったって訳じゃないんですけどね。ただ」

「ただ?」

「……死神さんに警告されたんです。神様の言葉を鵜呑みにするのはやめろと」

「まあ……」


 喜多さんは難しい顔をすると「もらいもののカステラがありますよ。お茶と一緒にどうですか?」と勧めてくれた。

 思えば今日はまだ、湯漬け以外は食べていない。しかも早朝だったがために、クゥーとお腹が鳴ったので、顔を火照らせる。


「……すみません。よろしくお願いします」

「はいはい」


 喜多さんはくすくす笑いながら、カステラをひと切れと玄米茶を出してくれた。

 カステラを頬張ると、その甘さが懐かしくなり、思わずボロッと泣いてしまう。


「おいひいです」

「それはよかったです……泣かないでくださいよ、音羽さん」

「はい……」


 私は淡々と姐さんの話をした。


「……姐さんは、吉原から逃げ出したかった人なんで。もし裏吉原の遊郭にいたら、どうしようとずっと思っていました。あと二軒の大見世にいる可能性が高いんで、余計に不安だったんですけど」

「そうですね……大見世の様子は、私たちには届きませんし。大見世だったら、もうちょっと遊女も大切にしてくれるとは思いますけど……」

「……少なくとも六道屋は違いました。そこでの稼ぎ頭のひとすら、訳ありだったとは言えど倒れて起き上がれなくなってましたし……そんなところに、姐さんがいたらどうしようと思っています」

「でも、それすら本当かどうかもわからないんですね?」

「……はい。帷子かたびらさん……死神さんは、期待するなとおっしゃっていますし。まだあと一軒の大見世も残っていますし、不安です」


 私は玄米茶を飲んだ。甘いカステラのあとに、香ばしい玄米茶の香りが私を落ち着かせた。不安はちっとも消えてはくれないけれど。

 私の吐露に、喜多さんは困ったように髪を揺らした。


「慰めになるかはわからないんですけど……多分。多分ですけど」


 喜多さんは迷ったように言葉を選ぶ。そんな言葉を選ばさせてしまうことが、余計に私は申し訳なく思う。


「……なんとかなりますよ、多分」

「そうなんでしょうか」

「もちろん努力が報われるとか、思いは届くとか、裏吉原ではなかなかない話ですけど。気持ちの整理だけは、ちゃんとできるところだと思います」


 花街はいつだって、お客様のための場所。

 住民すら花街の一部であり、お客様より上には存在できない。

 特に裏吉原は神のための遊郭であり、神より上の存在なんてここにはいない。

 努力は報われず、思いは届かず、それでも気持ちの整理ができることに救いはあるのか。今の私にはよくわからず、ただ途方に暮れている。

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