第5話 近藤優と近藤勝の場合
「それじゃいつもの様に。」
そう言ってママは僕達をパパに引き渡した。
今日は月に一回のパパとの面会日。つまり…好きな物を好きなだけ買って貰える最高の日だ!
「優、勝。元気にしてたか?こないだ買ってやったグローブは、二人とも持って来ただろうな?」
パパは嬉しそうに日焼けした頬から真っ白な歯を見せた。
僕と弟の勝はお互いのリュックサックを開けてパパにグローブを見せた。リュックは勝とお揃いのパジャマや着替え、それにパパと遊ぶためのオモチャでパンパンだ。
今日はこのままパパの部屋にお泊まりする。パパはママと違って夜更かししてもちっとも怒らないし、僕達が大嫌いなピーマンを代わりに食べてもくれる。
パパの仕事は中学の先生。
体育の先生で国語の先生。それに野球部の顧問の先生でもある。三つも先生を掛け持ちするなんて、僕達のパパは本当に凄いと僕は思う。
でも、先生を頑張りすぎたせいでママとはリコン?した。パパはお家から出て行って、月に一回しか会えなくなったし、それまでお家にいたママはお仕事をする様になって、いつも僕達に怒るようになった。
「明日は晴れるから、学校のグラウンドでキャッチボールしような!」
パパは大きな手で僕達の頭をガシガシと撫で回すと、僕達を車に乗せた。勝はまだ保育園だからチャイルドシートがいるけど僕はもう小学生。だから自分でパパの横の席に移動した。勝は僕も前がいい!って駄々をこねたけど、いつも僕がゆずってあげてるんだ。今日くらいは我慢すればいい。それに助手席にチャイルドシートは付けられないしね!
そのままファミレスに行き、いつもは絶対に注文してもらえない一人に一個ずつのお子様セットを食べた。しかも追加でポテトとアイスクリームまでパパはたのんでくれた。
本当にパパは、ケチなママと違って太っ腹だ。(実際ちょっとお腹出てるしね笑。)
僕達は頑張って残さず全部食べた。
でもその後。
パパの部屋に付いて、持ってきたオモチャで遊んでいたら。
「パパ…お腹が痛い。」
勝が顔をシワシワにして僕にそう言った。よく見たら顔中汗だらけだ。
(しまった!アイスだ!!)
勝はお腹が弱い。だから冷たい物はあんまり食べちゃいけない。いつもは二人で一個のアイスだから大丈夫だったけど、今日は一人一個も食べちゃった。
「勝!とにかく便所へ行け!病院は…もう閉まってるな。……優!パパんちには子供用の薬がないから、ちょっとの間だけ勝を見ててくれないか?パパ、ドラックストアで買ってくるから。」
オロオロする僕はパパに頼まれてハッとして大きく頷いた。パパん家で初めての二人だけでのお留守番。しかも勝は病気。これは責任重大だ!
バタバタと財布だけ持って外階段を降りるパパの足音を聞いてから、僕はトイレにこもっている勝に「大丈夫?」と声を掛けた。
勝は青い顔のまま一生懸命な笑顔を僕に向けた。一人は怖いから、トイレのドアは開けっぱなしだ。
(全然大丈夫じゃない!!)
僕はこういう時、どうしたら良いのか知っている。
とにかくお腹を温めるんだ!!
でも…。
パパの家のエアコンは冷たい風しか出ないし、学校と同じ形のストーブは危ないからとパパがさっき切って出掛けてしまった。
どうしたらいい?早くあっためたいのに!
「あっ!」
僕はパパの部屋の押し入れを開けた。
前にパパの部屋を探検した時に見つけたんだ。アレなら火を使わないから大丈夫。僕達子供だけで使っても問題ない!
僕は引っ張り出したソレをトイレから出てきてうずくまる勝のすぐ近くに置いて、コンセントを差した。
『ウーウーウー』
けたたましいサイレンと真っ赤な赤色灯。辺りは見物人の顔を焼く程の劫火と一面の煙に覆われていた。
そんな中、規制線を張りに来た警察官に二人がかりで取り押さえられても尚、暴れまくる男が一人いた。
男は二人分の名前を半狂乱で叫びながら、必死に炎へ向かって手を伸ばした。
検証の結果。
二人の幼い命を奪った原因は……長い間、押し入れに入れっぱなしだった一台の電気ストーブだった。ヒーター部分に挟まっていた埃に引火したらしい。
防犯の為と、部屋の鍵をかけて外へ出て行った子供達の父親は、報せを聞いて駆け付けた元妻に殴られるまま、虚ろな目を天へと向けて立ち尽くした。
今際のあたりの物語【現代・その他 編】 ありさと @pu_tyarou
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