第2話 目覚めたら地獄でした。3

 どのくらい時間がたったのだろうか?


 どこからともなく聞こえる、激しく爆発する音や火が燃えるパチパチという音。なんとなく花火のようで心地よいと思いながら、bgmのように感じ深く気にならずに考えているときに、気づいた。


 

 足がある。足だけだが、生えている。



「……?」


 だが気づいたすぐあとは違和感がすごく、とても重い物体が乗っかっているのかと勘違いした。

 足だと気づくのに時間を要してしまった。


 すっかり足の動かし方を忘れてしまっていた。しばらく足がないことで、今の球体の姿が当たり前と化していたのだ。


 障害者の義足を着けるときの気持ちというのはこんな感じだろうか。


 俺は足を動かそうとイメージを思い出して、リハビリのように頑張って動かしてみた。爪先に意識を向け、動く。


 動いた。ピクリとだが、少し動いた。

 

 その瞬間、達成感が大きくなり自信が少しついた気がした。


 同じように少しずつ動かしていると、苦戦はするがなんとなくコツを掴めそうだ。


 何回か動かし、何度も1から足の動きを確認すると、少しずつ足があった頃を思い出していく気がする。


 それから何度も練習した。

 すぐには身につかなかったが、体感的に3時間もかからず動かし方を思い出すことができた。

 上、下、上、下、上、下、つま先、膝、上、ふくらはぎ……道中筋肉の痛みや骨が擦れることもあったものの、なんとか自由に動かせるようになった。


 それだけで達成感と希望が大きく心の中に残った。

 自由に動かせるってなんて嬉しいのだろう。と思ってすっかり嬉しくなった。


 しばらく動かしていると、段々と大きく足を動かせるようになり、足を伸ばすことができるようになった。

 足元にあった壁のようなものを壊すと、すぐにきれいな風を感じた。


 どこか広い空間に足が出たようだ。床は木と布で出来ていて、叩いてみるとコツコツと音がした。

 

 周りから驚きどよめく声も聞こえ、最初は俺の苦労を祝福されている気持ちになった。


 しかし勘違いだった。

 その声たちは恐ろしがって逃げ惑い、叫んでいたり、悪魔祓いの呪文のようなおまじないを唱えている声もあった。

 ノイズ越しでもはっきりとわかるほど近い場所で行われていたようで、途中声が遠のいだものもいた。


 俺そんなに怖いのか?


「邪神の子……怖…………なぜ?」


 痛っ


 足の裏になにかを刺された。


 先に液体が塗られていて、それを足の中でグリグリとかき回され、強烈な痛みを感じた。抵抗しようにも強く抑えられていて動かすことも無理なようだ。


 だが、痛みもかすり傷程度のほんのかすかなものだ。体の中で何か温かいものが渦巻き、その痛みを解消したようだった。

 

 何がおこっているのかはっきりとはわからないが、俺は毒みたいに危険な存在という扱いをされているのだろう。


 とりあえす冷静になって落ち着くか。と思い足を下げて力をぬいた。少し傷口がヒリヒリとするが、たぶん大きな影響はないだろう。


 するとその足をペタペタと舐めるように触る感触があり、うずうずして足が震えてしまう。触診でもしているのだろうか。


 またさっきとは別の場所に針を刺され、足の感覚がおかしくなった。


 今度は麻酔のようだ。


 ピリピリという感触が伝わってくるのと、さっきまで動いていたというのに動けないもどかしさがなんとも奇妙だった。

 皮膚が切り開かれて、足の一部が取られているようだ。


「……ドラゴン、蜘蛛の粘液?」


 そう聞こえる。


 俺をさわって調べた結果だろうか?

 蜘蛛とドラゴン、と聞こえたが、何をしたいのかはわからなかった。


 少しすると足の麻酔は効果がなくなってきて、また足が動くようになった。

 足が動くと気分が上がる。

 まだ麻痺して大きくは動かせないが、ちまちまとつま先だけを動かしていた。

 


「……邪神、て、おい。やれ。」


 今度はそう聞こえると、急激に足に当たる風が強くなる。


 上からでも横からでもなく、下からだ。


 落下してる。

 直感的にそう感じた。

 横からかすかな隙間風はよく来るが、下からの風は今までなかった。

 それもそのはず、さっきまでしっかりした地面の上だったのだから、下から風が来るなど考えられなかった。


 落下する俺の体は何か固いものに打たれ、足が折れそうなほど強く潰された。


 何が起きているんだ?

 なんで俺は落とされているんだ。などと俺は必死に考えた。


 落ちる直前に邪神とだけ聞こえたので、その邪神が原因だろうとしか考えられないが、俺が邪神に何をしたっていうんだ?


 まだ生まれてすらないのに。


 俺はなんの抵抗もできず真っ逆さまに落ちていった。落下時の傷はすぐに回復し、痛みも切り傷跡をさわったくらいの痛さだ。


 地味な痛さをじわじわとやられていく感触は、電気パットのようで逆にクセになりそうであった。


 落下する感覚が永遠と続き、視界もないために、どこに落ちていくのかわからない恐怖がとても強くなってきた。

 もしかしたらマグマかも知れないし針の山かもしれない。


 いつになったらこれは終わるのだろう。

 

 ひたすら終わりを願ったが、その運命に抵抗する手段も手もなく、ただ従うしかなかった。


 俺はいつまでも続く穴をひた落下していった。


 まるで穴に落とされ高さを測る石のように。


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