第32話
マスコミは高校生の一連の政治活動を批判的に報道した。
その根拠はアンケートである。
アンケートでは、大半が「高校生の政治活動に賛成は出来ない」というものだった。
とは言っても「今の政府の現状を認める」というものではない。
国民の意識は複雑で、「事件を判断しきれない」と言うところが正確なようだ。一部の大人は「もしかしてこの日本の現状を大きく変えるのはこれかも知れない」と感じているようでもあった。
一方、このインターネット社会で若者はそれを通して連帯を強めていった。
この状況を正確に読み取る事は難しい。
要求のテーマは方向性のないように見えるが社会の根底を変えるきっかけであったり、将来若者が直面するかもしれない現実的な不安であったりした。昭和世代は日本歴史の中の一番おいしい部分だけをむさぼっている世代でもあった。そのツケを若者は払わなければいけない。若者は潜在的に知っている。
テレビだけを見ていても世の中の状況はつかめないのだ。
ある分野の若者にとってテレビは信頼を失い始めている。新聞テレビはすべてを興味本位にとらえている。
年配者も同じようにテレビ離れを始め、ラジオを聞く者や時間を趣味などに振り替えるものが増えていった。
購買力の無いミーハー的な若者対象の番組が毎日流されている。
それによるスポンサー離れの焦りが、何故かテレビのツルギ批判に形を変えたのだ。
新聞社も同じ状況だ。
この状況を国民は微妙に感じ取った。
自然の流れともいえるように、国民の意識はツルギに興味を持ち始めた。
「信頼できる人格」に興味を持ったと言ってよいかも知れない。
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マヤの退学処分に始まった学園封鎖は全国に波及し社会を驚かせた。
マヤの退学を要求したその私立高校も驚きは隠せない。
これほどの騒ぎになるとは予想もしていなかった。
それだけ、高校生は大人社会に不信感を持ち始めたのだ。
若者は、社会の変革を求め、実行しようとしている。
学校も社会もこの事態をどうすべきか迷っている状態である。
どこを出所(でどころ)として、どのように事を始末するか。
時の経過と共に、授業放棄と学園封鎖に突き進む高校は数を増していった
事の重大さに驚いた学校側は「マヤの退学処分」を撤回した。
その撤回と同時に、学生側も、社会の批判をかわすべく、即、学園封鎖を解いて通常の状態に戻した。
この手際のよさはどこから来るのか!
インターネット上では「事を速やかに収束する事が明日への力の蓄えになる」
と、誰ともなく速やかに伝えられた。
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