第20話

A市の市民は「ツルギを市長に!」で沸き立っている。

対立候補が出てくる余地はない。

ツルギが首を縦に振れば市長で決まりなのである。

           

ツルギはぼんやりと道行く人を眺めながら、めまぐるしく過ぎたこの一年を振り返った。

肥満を克服し美人と言われるまでに変身したこと。八百屋のオヤジに出会ったこと。

事件現場に遭遇し、運良く親子を助け出したものの、結果的には犯人の命を奪い自らも罪にとわれたこと。予想もしない「政治の世界」へ身を投じる結果になったこと。

目まぐるしく通り過ぎた変化に心が後れがちになっていることなどをぼんやりと考えた。


今、A市の市長にと言う話が持ち上がってはいるがツルギのあまりの人気に対立候補も無く、市長確定と言ってよい状況である。

とは言っても正式には立候補を表明してはいない。即答できない心境なのだ。

政治には全くの素人であり果たして市長としての職務をこなす事が出来るかがツルギにとって一番の問題なのだ。

誰と相談しようかと思い当たってみた。

真っ先に頭に浮かんだのは以前、ツルギの髪をセットしてくれた美容仕経験のある友人である。

名は、本多ユキ。

ツルギとユキは最初の出会いから互いに共通のものを感じあっている。

大学はツルギと同じであるがユキの専門は政治経済である

学部をトップの成績で卒業している。

一流企業に就職が決まっていながら、それを蹴って美容師の道に進んだと聞いている。

その理由をツルギは知らない。


何時にない透き通るような夕焼けが市庁舎を包み込みツルギは二階の窓からそれをぼんやりと眺めた。

夕焼けの空を背に市庁舎につづくケヤキ並木を眺めながら携帯を手にとり、ユキに連絡を取った。

例の「そっけない」声。

会う日は次の日曜日。

場所は近くの公園である。


ケヤキ、イチョウなどの落葉樹は葉を落とし北風は植え込みの葉を揺らしている。

二人は遅れる事無く約束の時間に顔を合わせた。

何時ものように「ヤア」と声を交わしツツジの植え込みの側のベンチに腰を下ろした。

ツルギはいきなり本題に入った。

「市長の立候補の表明をすべきかどうか迷っている」とユキに聞いた。

ユキは「やるべきだ」とはっきりと言った。

人には理屈っぽい事を言わないユキが言葉を尽くして話し始め市政の改革の必要性を説いた。

最後に

「その人間にしか出来ない事はその人間がやるべきだ」と言った。

短い時間ながら、二人の間には充実した会話が交わされた。

・・秋空を眺めながらツルギは心を固(かた)めた・・


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