第10話もう一人の申し子

 僕は、丈さんと母さんとの約束をずっと守った。

秘密があるのはなんだか嬉しいからさ。


 入園試験の日。母さんに手を引かれて幼稚園に向かったんだ。

途中で丈さんにあったんだけど、妙に緊張していた。


 ーどうしたの丈さん?ー


試験会場にはたくさんの子どもと親がいた。みんな両親と一緒だった。母さんと二人なのは僕だけかも。

母さんと僕の事をみんながジロジロと見ている気がしたんだ。母さんは、全く気にしてないみたいだけどね。

大勢の家族が広い部屋で待っていると、何人かづつ名前を呼ばれて少し小さな部屋に移動していった。僕も呼ばれて移動する廊下で、一人のおじさんが母さんに声をかけてきた。


「蘭子くんじゃないか。」

「畑中先生。ご無沙汰しております。」

「相変わらず凛としているね。」

「ありがとうございます。先生こそお変わりなく。相変わらず大きい声でいらしゃいますこと。」


確かに大きい声のおじさんだ。その大きい声でガハハと笑うと。


「今日はこんな所で、何をしているんだね?」

「息子の入園試験ですので。」

「おや。蘭子くんのお子様が試験受けるのかい?」

「もちろんですわ。先生。」

「そう、変わらないね〜。そりゃ楽しみだ。」

「ごきげんよう。」


母さんは先生と別れると、教室に入り指示された椅子に座った。


「こちらで、お待ちください。」


すると女の子を連れた母親が


「鏑木坂蘭子様でいらっしゃいますか?」

「ええ。」

「私、蘭子様の一年後輩でした。西山幸子にしやまさちこです。」

「そうですか。ごきげんよう。」

「蘭子様。お子様、お受験されるんですか?」

「お受験?あ〜。ええ、試験を受けますわ。当たり前ですから。」


 ー母さんはこの人のこと、少しめんどくさいんでしょ。ー


「蘭子様、あの〜お一人でいらしゃいますか?」

「ええ。ご覧の通りです。」

「あ〜。だから試験をお受けになるのですね。」

「だから、とは?」


 ーますます、めんどくさいね。ー


「鏑木坂様でしたら、試験はお受けにならなくても入園可能かと。やはりお母様お一人だと試験が必要なのですね。」


 ー僕もめんどくさくなってきたよ。ー


「幸子様、とおしゃったかしら?何を勘違いなさってるのか、わかりかねますが。私も入園の時は試験を受けました。」

「えっ。」

「もちろん、園児代表に選出されましたが。」


 ー母さんは良い人なんだと思うけど、一言余計なんだよ。ー


「それは、成績トップでのご入園という事でしょうか。」

「そうです。」


 ーキッパリ言うね〜。ー


「それで、ご子息も試験を受けられると?」


 ーなんか、嫌な方向に話が進んでませんか?

  僕を巻き込まないでよ。ー


「試験を受けるのは当たり前と思っているからです。他に何かございますか?」

「蘭子様。残念ですが、園児代表は私の娘です。娘は神の申し子ですので。」


 ーあ〜。母さんその喧嘩買わないでよ。ー


「まあ〜それは羨ましかぎりです。お楽しみですね。」


 ーあれ、母さんの声に怒りがない。

  本当に羨ましいって思ってるの?

  そんなはずないよね。だって母さんだもの。ー


すぐに僕たちが呼ばれたんだ。母さんは何事もなかったかのように、


「では、ごきげんよう。」


そう言って、席を立った。僕は女の子をチラッと見た。


 ーあれ、泣いてる?ー


本当は泣いてなかったのかもしれないけど、僕にはそう見えたんだ。


ー気持ちが見えた、、、の?ー


僕の手を少し強く引いていた母さんは僕を見て、一言。


「金持ち喧嘩せずよ。」


 ー母さん? 何、それ?ー


「でも、颯。負けないでよ。」


 ーあ〜やっぱり。顔、怖いよ母さん。ー


 予想に反して、入園試験は面白かった。

先生が五人も僕を見てたから初めはドキドキしたけどね。


「お名前は?」

鏑木坂颯真かぶらぎざかふうまです。」

「颯真さん。この絵の中のネズミさんを探してください。」

「はい。」


絵の中にネズミは居なかった。でも、絵の下の方にシッポがあったんだ。僕は面白くなってきて。


「先生。ネズミは居ません。逃げちゃいました。」

「あら、逃げたのですか?」

「はい。ほら。先生、ここにシッポ。絵の中にネコが居るからかな?」

「あら、ネコから逃げたの?」

「ネズミはネコが怖いんだよ。あ、先生の後ろに逃げ出したネズミがいます。ほら、ね。ネコから逃げたんです。僕の言った通りでしょ。」


試験の先生の後ろにネズミのぬいぐるみを見つけたんだ。先生も本当ね、って笑ってた。

その後も絵と同じに積み木を作ったり。一番大好きな人を聞かれたり。

一番面白かったのは、先生を見て答えのポーズをとる遊びだったかな?

ジャンプしたり、笑ったり、泣いたり、先生の頭を良い子良い子って撫でたり。

もっと遊びたかったけど、一通り終わったみたい。

部屋を出ると、さっきとは別の部屋で待つことになった。


しばらくすると始まる前の部屋にいたみんなが揃った。


やっぱり女の子は泣いてるみたい、、、に見えた。


 次は身体測定。ドクターがいてあっちこっち触られた。そしてまた別の部屋で待ってたんだ。

みんな緊張がなくなってきて子供同士でお話出来たから、僕はあの泣いている女の子のところに行って、話したんだ


「面白かったね。」

「うん」

「何が一番面白かった?」

「先生と同じポーズするの。」

「あ、それ僕と同じ。先生のポーズに答えのポーズするの、楽しかったね。」

「答える?」

「あと、積み木。」

「積み木?」

「うん。積み木面白かったでしょ。」


そう話していると、女の子のめんどくさいお母さん、幸子さんが


「鏑木坂様。積み木をしたの?」

「はい。絵と同じにする積み木。面白かったでしょ?。」


その幸子さんの顔が変わった。

幸子さんの瞳の中に女の子の背中が見えたけど、積み木をしてる様子は見えなかった。


 ーあれ?どうして?積み木は?ー


気がつくと僕の後ろに、ガハハと笑った畑中先生が立っていて


「蘭子くんのお子さんは積み木までしたのかい?それに同じではなく、答えのポーズか。そりゃ優秀だ。さすがだね蘭子くん。」


そう言って母さんの両手をとって握手していた。


なぜだろう、僕は急に怖くなった。そしたら女の子の声がしたんだ、頭の中に。


(危ない!逃げて!)

「えっ。」


幸子さんが手を振り上げていた。何か光るものを持って。

僕はビックリして思いっきり母さんにしがみついた。その拍子に母さんと、畑中先生がバランスを崩して倒れたんだけど、幸子さんも一緒に倒れた。


「うっ。痛い!」


母さんの声がして、すぐにそばにいた他の家族の悲鳴がした。


「キャー。」



母さんのスーツの右の肩あたりが破れていた。

母さんは血が出ていたけれど、その腕は、僕をしっかりと抱きしめたままだった。



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