第40話「我ら勇者教会、みな家族。みな友人。みな恋人。」

 自分たちの部屋のある階は、ずらっと横並びに部屋の扉が並んでいる場所だった。そこから、前を行く名前も知らないシスターに連れられ、廊下の端まで行き、階段をおそらく一階分降りたところまでは理解できた。しかし、階段がそれより下がなく、さらにその階の廊下を端まで歩いて、明らかに短い階段を降りて……、とやたらと回りくどい。


 おまけに、明らかに途中でどこに繋がっているのか分からない通路があり、この先は? とシスターに訊くと、その通路では一階には辿りつけません、と謎の回答が返ってくる。以前、ナンシーに連れられて本棟の方を歩いた時も思ったが、なんでこんな訳分かんない造りになっていうのだろうか。


 建物自体が大きいのは見た目で分かっていたけど、これではナンシーがどこにいるのか探るのも一苦労だ。知らない内に彼女のいる場所を見逃していそうで怖い。


 僕とライラはシスターの後を子供の様について、階段を降りていく。いくつか気になる通路や部屋があったが、今入るわけにも行かない。


「お二方、あそこが食堂の部屋になります。しばらくは、道を覚えられないと思うので、私が案内します」


「館内の地図とかはないんですか?」


「ないです」


「あっ、そうですか……」


 人が三人は横で歩けそうな階段をようやく降り切り、シスターが指差した、開かれた両扉の目の前までやってくる。奇妙な廊下だった。僕たちが降りてきた階段の向かいに、まったく同じ階段がある以外は、他に通路がなく、両扉とその向かいにある窓があるだけだった。


 今日は雷雨らしく、不気味な場所にいるというのうに、雷と雨の音が余計に不安を増させてくる。本当にバレていないんだよな?


「あなたたちの席はこっちです」


 シスターに連れられて、食堂だという部屋に入る。中はまるで劇場のようだった。


 勇者パーティーが僕を過去に劇場に連れて行った時を思い出す。ナンシーが劇場が好きらしく、招待されたものに連れて行かれたのだ。あまりにも僕が顔を出さないと不審がられるからか、彼らは表向きは僕の待遇を良く見せていた。まるで本物の勇者パーティーの仲間のように。


 食堂はそういった時に見た場所と同じくらい広かった。全体的に赤や金で彩られているのも似ている。……僕がシスター服を取りに行った支部はこんな豪華そうな場所はなかったけどな。無駄に金がかかっていそうな場所だ。


 シスターは中をまばらに歩いている他のシスターたちの間を縫って、前を歩いて行く。あまり先を行かれると他のも真っ白な同じシスター服を着ているため見失いそうになる。


 食堂内を僕はライラと一緒に慌ててシスターについていった。食堂内には一番奥に横長に長いテーブルがあり、後は円形のテーブルがいくつも並んでいた。シスターは端にある丸テーブルの一つに向かって行く。どのテーブルにも白いテーブルクロスが掛けられており、すでに料理は並んでいた。


 食堂内はさすがに人が多いせいか、かなり騒がしい。もっともざわざわとしているだけで、人の動きは大人しい者だった。みなどこかのテーブルに向かっている。


「ここです。座ってください」


「あっ、はい……」


「やっと食べられるー」


「いいなー、私も食べていいかな?」


 リリーの声を無視しつつ、僕はシスターに案内されたテーブルの席についたのだが、妙だった。丸テーブルは五人が座れるように席ができていた。なのに、料理も三人分――つまり自分たちの分しかない。


 あとから、誰か来るのだろうか? 僕は一人勝手に納得し、席に座ったまま料理に手を付けようとした。


「待ってください。そこのあなたも。料理はまだ食べては駄目です」


「え?」


 僕は料理に伸ばしてた手を引っ込めた。隣のライラを見ると実に悲しそうな顔をしていた。まあ、ここは従うしかない。こんなことで騒ぎを起こして潜入がバレたら面倒だ。


「全員が集まったら、長から合図があります。それがあったら食べていいです。勝手に食べると『役長』に怒られます」


「『役長』って何ですか?」


「私達シスターのまとめ役です。お叱りを受けると大変ですので気を付けた下さい」


「――ジェマ、そちらは新しい方かしら?」


 僕たちに話していたシスターがビクッと身体が震わせた。彼女が声のした方に視線を向ける。テーブルを挟んで向こう側に身体の細いシスターが僕たちににっこりと笑顔を向けていた。その笑顔は、笑顔に変わらないのだが、どうにも気持ち悪さを感じた。なんというか、顔は笑っているのに、そう見えない。


 というか、僕たちを案内していたシスターはジェマって言ったのか。名前を一度も聞いていなかった。


「アビー様。ええ、そうです。今日いらした方々になります」


「そう……。まだ幼いようね? 何歳かしら?」


 ジェマが僕たちをちらっと見る。


「私は十五歳、こっちは十二歳です」


 ライラの年齢が分からないので当て推量で適当に答える。彼女はさらに笑みを深める。正直、それ以上笑わないで欲しかった。不気味さの方が勝ってきている。


「十二歳……、そういい年齢ね」


「うん? そうだね?」


 ライラがアビーの言葉に首を傾げる。僕も言っている意味が分からなかった。だが、アビーは僕たちの声に耳を貸すことなく、ジェマに話しかける。


「ジェマ、いい子たちが入ったみたいね」


「え、ええ。そうですね」


「元気がないわね――」


 アビーが満面の笑みのまま、ジェマに近付く。ジェマの頬を挟んで告げる。


「笑顔でいなきゃだめよ。『聖女様』もそうおっしゃっていたでしょ?」


「はい……」


 僕たちから見ても、ぎこちないに程がある笑みだが、ジェマは笑っていた。


「そうよ、いい感じ。前の子たちにも、この子たちのためにも笑顔でいなきゃ」


「分かりました。アビー様」


「うん、頑張ってね。あ、あとお話があるから、食べ終わったら私のところに来てちょうだい。待ってるから」


「はい」


 会話の意味がほとんど分からなかったけど、ジェマが無理してそうなことだけは分かった。アビーがいなくなっても、彼女は疲れた笑みしている。一体、なにがあったんだろう。


 鐘の音が鳴った。勇者教会の鐘だ。王都周辺の夜の刻の合図でもある。厳かで聞くものの背筋を伸ばすような、重い音。少なくともここではそう聞えた。なんとなく椅子に座り直していると、食堂内のシスターたちが慌しく席に座っていく。長くも感じる鐘の音がやむと、食堂の奥――僕たちが入って来た扉の真正面にある扉から、何人かの人間がゆったりと入って来た。中には――ナンシーもいた。


「聖女様……」


 ジェマが小さく呟くのが聞こえた。聖女様、か。何も知らないというのは怖いな。ジェマの目は、アビーを見ていたのとは異なり、きらきらしている。


 ナンシーが行っていたのは、魔王軍からこの国を救うどころか、村を虐殺していることだというのに。おまけに、噂では子供相手になにかしているようだし……。他のシスターもジェマ同様にナンシーに憧れに似たなにかを抱いているんだろうな。


 それにしても、誰も何も話さない。ちらっと周辺を窺うが、全員聖女様こと、ナンシーの方をうっとり見ている。


 ナンシーと一緒に入って来た者達が横長のテーブルに席に着く。真ん中に座ったのは、でっぷりと太った尊大そうな老人だった。丸坊主に終始にこやかな顔は、どう見ても悪人にしか見えない。……実際のところはどうなのか知らないけど。いや、でもここは勇者教会だ。あの見るからに偉そうな態度や、テーブルのど真ん中に座っているのだから、あれが「長」なのかもしれない。


「――諸君、今宵も家族と食事をとろう。我ら勇者教会、みな家族。みな友人。みな恋人。みなで食事をとれることに我らが神たる勇者に感謝を」


 食堂内のシスターたちが一斉に「感謝を」と復唱し、僕は肩をビクッとさせてしまう。なんだ、これ。


「相変わらずね、ここは……」


 リリーはまるでこの風景を知っているかのようだった。詳しく訊きたいが今は出来ない。


「長」らしき男性は、それきりで席に着く。すると、食堂内にシスターたちが一斉に食事を摂り始めた。話し声はなく、食器の音だけが聞こえてきた。

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