第39話「勇者教会」
勇者教会のシスターには簡単になれた。
そもそもシスターになりたい人間を歓迎しているらしく、誰も僕たちのことを不審に思わなかった。僕としては誰も男だと気付かず、複雑な気分になったけど、まあ、復讐する上ではむしろこの方がいいのだからしょうがない。
ライラも魔族なので、バレたら非常に困るのだが、両角を魔法で隠してないことにしているおかげか、まったく気付かれている様子はなかった。
王都の端っこにある支部でもらった真っ白なシスター服に着替えて、バカデカい勇者教会の本拠地の建物に向かったのだが――建物に入ってすぐにある受付で相談し、部屋を割り当てられ、その日の内にはシスターになった。今日一日は部屋で待機らしい。明日には先輩が色々と案内してくれるから、と。まあ、夜も近いのでしょうがないだろう。
受付の人間も大分手慣れた様子だったから、こういうことはよくあるのだろう、きっと。
案内されたのは入口扉の正面に窓一つ、二つのベッドと机、クローゼットがあるだけの部屋だった。簡素な部屋で特に怪しいものがあるわけではなかった。
さて、これからどうするか。かなりあっさり潜入は出来たけど、そもそもナンシーがこの建物のどこにいるのか探らなければならない。だが、下手に出歩くと怪しまれる。
「ねえー、アランー」
「なんだ? ライラもナンシーがどこにいるのか考えてくれ」
この声、慣れないな。魔法で女性の声にしているのは分かっていても、違和感が凄い。むしろ、ライラはなんで普通に受け入れてるんだ。女装姿といい、僕にはこんな趣味はないのに。
「そんなの人間でもない私に分かるわけないじゃん」
「いや、お前な……」
「それより、お腹減ったー、なにかなーい?」
「あるわけねえだろ。ここには基本的になにもかも持ち込み禁止なんだからな。それに、さっき夕食の時は呼ぶと言っていただろ」
「そうだよね。はあー」
ライラが溜息をつくと同時に、彼女のお腹が盛大に鳴った。以前にも似たようなことがあったな……。僕が呆れた目をしてると、彼女はかなり照れていた。聞かれるのは嫌らしい。
「えっと、そのナンシー? がどこにいるのかは、それこそ精霊に訊けばいいんじゃないの?」
あからさまに腹の音を誤魔化すライラに、僕は呆れながらも言葉を返す。
「それはもうやっている。でもこの建物が広すぎて、場所が絞り込めないんだ。それに、魔法で精霊が入れないようになっている場所がある。だから、全部は無理なんだ」
勇者教会の本拠地であるこの建物は、ダンジョン並みに複雑だ。色々なところが通路で繋がっている上に、この部屋にくるまでにもかなりの数の部屋があった。この部屋に案内してくれたシスターにも訊いてみたが、彼女らにも知らされていない様だった。そうなると、どうにかして探すしかない。
今も僕の周りをふよふよと浮かんでいる精霊たちから聞いた感じでは、精霊がいる場所にはいないようだった。ナンシーのことだから、かなり用心しているのだろう。普通はそこまでしない。僕みたいのはかなり珍しいはずだからだ。でも、彼女は警戒している。魔法でいえば彼女はかなりの格上。厄介な相手だった。
もしかしたら、もうジェナを殺したのが僕だということが分かっているかもしれない。……まあ、さすがに自分のすぐ近く勇者教会にまで来ているとは思わないだろうけど。
ジェナを殺したのがバレているとして、彼女はどうするだろうか。アーサーに知らせるか? 僕に殺されたことぐらいは言うかもしれない。でも、バレているとしたら、なんでこの勇者教会の建物に籠っているのだろうか。そこが分からない。バレていなければ、単に誰が殺したのか分からなくて、魔法が難航しているだけなんだろうけど……、大分時間が掛かっているよな。アランがジェナが死んだことをナンシーから聞いて、五日は経っている。正直、もう魔法は終ってるはず。僕が殺したことは分かっているはずなんだ。この国の一番の魔法使いである彼女ならば――
コンコン。
僕が思考に耽っていると、部屋の扉がノックされた。
「お二人とも、お食事の時間になります。出てきていただけますか?」
若い女性の声だった。
ライラは満面の笑みで、「はい」と答えた。僕もやや緊張しながらも返事をする。
ずっと僕の隣で黙って座っていたリリーが僕の頬を挟んだ。僕がなんだろう、と思ってみると、彼女はにこっと微笑んだ。
「アラン、考えてばかりでもしょうがないよ。とにかくこの場所をよく知らないと」
「うん、そうだね」
リリーの言う通りだった。今は出歩くのが難しいが、ただ考えていてもしょうがない。勇者教会――ここがどういう場所なのか、よく知らないとナンシーには近付けない。
◆
教会本拠地であるこの建物内には食堂があり、そこでシスター一同が介し、食事を摂るのだという。
僕は前を歩くシスターの女性のぼそぼそと話す声を聞きながら、教会の建物を探っていた。女性はどうにも陰鬱な人だった。なんというか話しているとこっちの気まで沈みそうになる。声にも顔にも覇気がない女性。目の前を白い服シスター服を着た彼女が歩く。
僕たちが寝るための部屋として案内されたのは勇者教会の別棟にあたるらしい。勇者教会の司教が説法を説いたり祈りをする大聖堂や、正面入ってすぐにある広めのホールと受付のある本棟と渡り廊下で繋がっている棟。
この棟は、あくまでシスターが寝泊まりするだけの部屋と一階の食堂があるだけだとか。色々と訊く僕たちに彼女は淡々と答える。
「その割には道が複雑じゃないですか?」
「よく覚えられるよね」
ライラが軽い口調で前を行くシスターに言う。
「まあ、慣れですよ。一年もいればみんな普通に迷わなくて済むようになります」
受付から割り当てられた部屋までも建物の構造が入り組んでいるのは感じていたけど、自分たちの部屋から五階から食堂のある一階まで降りようとしているのに、階段を上り下りしているのはどういうことなのか。
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