第3章「正義のシスター」
第33話「すやすや魔族」
勇者パーティーのアランとナンシーは、まだジェナが死んだことに気付いていないようだった。そもそも僕が居た頃からジェナがふらっとどこかに行くことは珍しくなかった。大抵強そうなやつの噂を聞きつけて戦っていたり、魔物を狩っていたり、ダンジョンに潜っていたり。賭け事と勇者パーティーとして魔王軍に対峙する以外は基本的に戦闘しているようなやつだったのだ。
だから一日、二日パーティーハウスに顔を出さないくらいでは、彼らも何も気付かない。ましてや、今回はかなり大きな内輪揉めをしたようだし、ナンシーすらまだ顔を出していなかった。
パーティーハウスの中で彼らが揉めているのを聞いてからすでに四日は経っている。リーダーはアーサーだが、こういう時はナンシーがまとめ役に出ることが多い。その彼女がまだパーティーハウスに顔を出していないのだから、かなり長引きそうだ。
二日程度パーティーハウスから目を離していたが、この屋根裏部屋で精霊たちにハウスの様子を聞き、僕は高揚していた。なぜなら、この状況は僕にといって好都合でしかない。
彼らの仲違いが進めば進むほど、殺しやすくなる。
吐く息が震える。次はナンシーだ。
勇者パーティーハウスの向かいにあるこの屋根裏部屋、僕はベッドの上でこれからのことを考えていた。ジェナと戦った疲れや、その後のライラの世話もあって、ぐっすりと寝てしまった。ベッド近くの窓の外はすっかり日が暮れてしまっている。
「まだ、寝てる……」
「ぐっすりよねー。お腹減ってないのかしら」
ベッドの上には僕以外にももう一人――ライラが眠っている。僕が持ち込んだというか店から盗んだ白いブランケットに包まり、身体を丸くしていた。そんな彼女を久しぶりに姿を見せているリリーが頬をつつく。寝ているライラは口をむにゃむにゃと動かすが、起きる様子はなかった。
すやすやと寝ている。ジェナの家から出る時は、まったく見えなかった顔も今は見えていた。僕と同じくらいに見えるはっきりした顔立ち。真っ黒な両角は、今も赤髪の間からその存在を主張していた。
ジェナの家を出たあと、よほど疲労が溜まっていたのか彼女は眠りこけてしまった。傷だらけのままにしとくのも嫌で、森の中の泉でリリーの力を借りて彼女の傷を治し、汚れを泉の水で落としてあげた。眠っている女の子に色々と触れるのはどうかと思ったけど、起きる様子がないんだからしょうがない。僕は僕で身体を洗いたかったし、一度屋根裏部屋に戻れば、泉までくるのはかなり面倒なのだ。かといって、街で身を清めるのも一苦労で、この機会にやっておくしかなかった。……リリーには散々からかわれたけど。
結局、泉でさっぱりして屋根裏部屋に戻り、僕が寝て起き、パン屋でパンを盗み、精霊たちの報告を聞いても彼女はまだ眠っていたのだから、どれだけ彼女の身体と心が休息を求めていたのか分かるというものだった。
食事は僕も疲れていたので、眠ることを優先していたけど……、さすがにお腹が限界だった。僕がさっき王都の店から袋にパンパンになるほど盗んできたパンを手繰り寄せる。精霊たちの報告を聞けるまでは、いまいち食欲が湧かなかったけど、いざ現状を聞くと空腹が気になった。
「本当は、一緒に食べようかなと思ったんだけど……」
「アラン、私にもちょーだい」
「えー、別にリリーいらないじゃん」
精霊の食事は魔力で、人間の食べ物なんていらないはずだ。僕は彼女のお願いを無視する。とにかく食べたい。
パンの入れた袋を開けると、香ばしい匂いが鼻をくすぐって頭をくらくらさせた。一人で食べると、全部食べてしまいそうだったから、ライラと一緒に食べたかったんだけど、我慢できるかな……。
「ねえー、私にもちょうだーい」
リリーがいつになく僕にお願いしてくる。こんな感じの彼女は珍しい。リリーも疲れていて、楽しいことがしたいのかな。……まあ、一個くらいはいいか。どうせ、二十個くらいはあるし。
「分かったから、引っ張らないで」
「くれるの? アラン、いい子~」
なんだか性格が変わっていないか。リリーは僕の頭をこれでもかと撫でる。疲労で頭がおかしくなっているのなら、今の内に治してもらわないと。袋の中から適当にパンを一つ掴み、リリーに渡す。彼女は上機嫌でパンを頬張り始めた。
「んー、やっぱり美味しいわねー」
「精霊って味分かるの?」
僕もリリー同様にパンを一つだけ取り出し、むしゃむしゃと食べる。美味しいが、それよりも早く空腹を満たしたかった。一度食べると、かなりお腹が減っていたらしく、急に身体がパンを求めだす。
「失礼な。私もこの子達もちゃんと味は分かるわよ」
「へー」
この子たち――周りに飛んでいる精霊も食べること出来るんだ。……どうやって食べるんだろ。一つパンを食べ終わり、次のパンを掴んで――好奇心からパンをむしって周りをふよふよと飛んでいる精霊たちに差し出す。
すると、鈍い色をした精霊がそっと近付いて来た。灰色の精霊だ。興味深げにパンをつつき、次の瞬間にはパッと消えていた。え? これって食べたってことだろうか。うーん、ただ浮いてるだけで、全然分からない。明らかに精霊よりもパンの方が大きかったのに、どこに消えてしまったのだろう。
僕が不思議に思っていると、リリーが目の前にやってくる。
「ねえ、アラン。もう一個ちょうだい」
「いやだ」
「えー、ケチー」
頬に手を当てて可愛くおねだりしても、嫌なものは嫌だ。ライラの分もあるのだから、リリーには一個で十分だ。彼女は僕の肩をガタガタと揺すってなおも、パンを求めてくる。
僕よりも圧倒的に年上のくせにわがままじゃないだろうか。
「アランー? そういうこと考えるのは良くないなー。私は精霊たちの方でも若いほうなんだから。それこそ精霊的に言えば、アランと歳は変わらないんだからね?」
「どっちでもいいけど。パンはあげないよ。僕だって食べたいんだから」
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