第26話「ダンジョンの来訪者」

 ジェナに宛てた手紙には、彼女を煽りつつ、一日空けて誰にも言わずダンジョンに来いと書いてあった。一対一で戦いから、と。彼女の性格上、それは必ず守れられる。戦闘のこと以外はどうでもいいやつだ。逆に言えば、彼女を煽りまくっている相手と闘うのなら、条件には絶対に従うだろう。僕の彼女のイメージは、戦闘に狂っている血の気の多い狼。実際には竜で、もっと強いのだけど。


 ダンジョン来い、とか中で待っているとか書いてあれば、彼女は素直にやって来る。


 現に今、ジェナは誰も連れず、ダンジョンにやって来ているようだった。


 ダンジョン内の円形の部屋、観客席のようなものがある部屋の中央で僕はジェナを待っていた。予定通りに進めば、僕の真正面にある長方形の穴から、彼女がボロボロの状態でやってくるはずだった。僕はそれを叩き潰すだけ。状況によってはダンジョン内の罠で死ぬ可能性もある。


 僕は複雑な気分だった。イリルの用意した極悪な罠で死なずこの穴から出てきて欲しいような、さっさと死んでほしいような。いくら難易度が異常とはいえ、僕に辿り着く前に死んでしまったら呆気ないにも程がある。それはそれで、僕の気持ちが消化不良になりそうだった。


 だが、安全面で言えば、さっさと死んでしまった方がいい。僕は何も手を汚さず、ダンジョンの中で勝手に朽ち果てるのだ。そのまま惨めに死んでいってほしい。しかし、同時にやはり自分で手を下さないのは違うような気がする。


 僕がうだうだと考えている間にも、ダンジョン内にやってきたジェナは順調にこの部屋に向かってきているようだった。


「イリル、今どの辺」


 脇にふよふよと浮かんでいる、相変わらずリリーの姿をしているイリル。彼女はダンジョンの精霊として、ここでジェナを待っている僕に、ジェナの様子を伝えてきていた。


「もうすぐ、骨と砂のところ」


「骨と砂、……あそこか」


 天井に骨の化け物が張り付き、砂で覆われた地面は骨とは別の化け物が大口を開いて待ち受けているあの部屋。


 時折、パラパラと天井から砂が落ちてくる。ジェナがダンジョン内で暴れ回っているからだろう。彼女のことだから、大抵の罠は物理、すなわち暴力でどうにかしているのだろうけど、どこまで通用するのか。まあ、でも楽観視はできない。


「なあ、イリル。黒くて半透明な魔物が出る部屋、ジェナは本当に一発で吹き飛ばしたのか?」


「私、噓ついてない」


〈私の顔でその表情はやめて欲しいかな〉


 イリルが僕の肩に抱き付き、ぷくっと頬を含ませる。イリルとリリーで精神年齢に差があるのか、リリーにとってイリルのような言動は恥ずかしいものが多いらしい。可愛いんだけどな。ぷにぷにと膨らんでいる頬をつつくと、空気が抜け、元の顔に戻る。


 はあ、と溜息が出る。まさか、あの黒く半透明な魔物を全部一発で吹き飛ばすなんてなー。常識外れにも程がある。イリルから聞く限りでは、ジェナがぶん殴ったあとに跡形もなかったんだろう。どんな強さで殴ったらそうなるんだか。分身ができないほど細かく破壊されてしまっては、分身はおろか、彼らの身体自身――僕が触れた時は焼けるような痛みを伴った――は役に立たなかったんだろうな。それでは、あの部屋の目的はほとんど達成できていないことになる。


「アラン。ジェナ、砂、魔物、倒しちゃった」


「え? 砂って、あの下にいたやつか? 口を開けているやつ」


「うん」


〈勇者パーティーは伊達じゃないわね〉


 まったくだ。これでは、僕の所に来るまでにどれだけ傷を負っているのか懐疑的になってきた。もしかしたら、いや、ないとは思うけど――まったくの無傷でここにやって来るんじゃないか?


 僕が期待していたわくわくは、反転して、怒りに変わる。別にイリルが悪いわけじゃない。それだけの力がありながら、なぜ僕の村を襲い、人を殺したのか。魔王を倒したのなら、いくらでも知名度も力も金もあったのだから、人助けるなり、地方で魔物を倒す冒険者でもやっていればよかったじゃないか。なんで? なんでだ。分かっている、金のためだ。でも、それは僕達の村を壊してまで価値のあるもので、必要なものだったのか?


 ジェナの桁違いの力をダンジョンの罠越しとはい、実感するにつれて苛立ちが増してくる。


〈アラン……。落ち着いて。感情に呑まれては殺せるものも殺せなくなるわ。ちゃんとコントロールするの。そうすれば、精霊たちは応えてくれる〉


 僕はまだ姿を変えていなかった。リリーはこの状態でも僕の中にいることが出来るらしい。これから殺す相手とはいえ、ジェナに姿を見せてくないんだとか。


 リリーの言葉が、かっかとしてくる頭の中で木霊する。


 この部屋にも精霊はたくさんいる。ジェナには見えていないであろう、精霊たち。彼らはリリーの言葉に呼応するように、僕の周りで点滅する。


「うん。分かってる。分かってるよ、リリー。それにみんな」


 僕は村を焼かれて、お父さんとお母さんを殺されて、なにもかも失くした。でも、リリーたち精霊がいる。


 僕には復讐を成し遂げさせてくれる、仲間がいる――



「アラン、そろそろ、来る。傷、負ってる」


 イリルが嬉しそうに報告してくれる。どうやら、いくらジェナといえども、連続でダンジョンの罠をしのぎ切ることは難しかったらしい。


 僕が一番苦労した、毒の水の中の迷路は一番彼女に効いたようだ。一般的な魔法は使用できるから、毒はさほど効かなかったけど、迷路と人魚には相当に苛ついたらしい。脱出までかなり時間が掛かった上に、人魚にさんざんに噛まれたんだとか。まったく、直接それを知って見ることのできるイリルが羨ましかった。


 イリルの用意した罠はいくつもあり、僕が経験したもの以外にもあるようだった。まあ、ジェナはそれを全部突破というか破壊してこっちに向かってきているようだけど……。


 僕は深く息を吸い、長く吐いた。殺せる。やっと殺せる。やっぱり、ダンジョンの罠で死なないでもらってよかった。


 僕は精霊たちに呼び掛ける。いつでも姿を変えられるように。どうせ、向こうは僕のことを侮っているのだろう。ダンジョンがいつもと違うことに戸惑い、訝しがってはいても、それが僕と繋がると思えない。彼女は僕をそこまで強いと思っていないだろう。


「みんな、来て」


 二重になったような僕の声が部屋の中で響く。精霊たちはこの時を祝福するように、ぞくぞくと集まり、僕の身体全体が熱くなる。


「もういいよ、ありがとう」


 あっという間に僕の身体が精霊で満たされる。はち切れそうなくらいの力は、今か今かと出番を待っていた。


「アラン、来る」


 イリルは楽しそうだった。彼女にとってはこれも遊びの一環なのかもしれない。


「イリル、手は出さないでね」


「うん」


 あらかじめ言っておいて通りに、イリルに忠告する。彼女もこの戦闘には混ざりたがっていたけど、ダンジョンに罠を造っただけで十分だ。ここまでジェナが来たのなら、本当に一対一で殺したい。


 イリルがふわっと身体を浮かせ、後ろに下がったのが分かった。来るのか、ジェナが。

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