第21話「ダンジョンの精霊」

 ダンジョンは罠の宝庫だ。何も準備しないで進めば、ただの屍に成り果て、新たな養分として吸収される。ダンジョンのあるこの国では誰もが知っていることだった。だから、探索する者は罠に注意し、階層を調べていく。だが、勇者パーティーの面々は違う。一定の階層までは、罠なんかまるで気にしない。引っ掛かったところでどうにでもなるからだ。


 僕は変身を解いて、リリーと一緒にダンジョンの円形状の部屋にいた。中心にいる僕からは部屋全体はよく見えるのだが――なんでこんな場所が存在しているのだろうか。もっとも今回の目的にはぴったりなので、気にしてもしょうがなくはある。


 部屋は円形の砂埃が立つ床と、床から高い位置から階段状になった観客席のような場所があった。一度も見たことはないが、王都にある決闘場はこういう感じなのかもしれない。


 ダンジョンの造りに感心しつつ、目の前に意識を戻す。


「ダンジョンの、精霊……ってことでいいのか?」


「そうよ」


 聞こえてくる声はリリーにそっくりだった。姿もまったく同じ。ただし、すべてが砂で出来ているけど。


 リリーが隣に立っていると、声はまったく同じだけに混乱しそうになる。なにしろ、同じ方向からまったく同じ声が別々に聞こえてくる。リリーは不服そうな顔をしていた。


「イリル、私の真似はやめない?」


「嫌だ」


 どうやらイリルというらしい。ダンジョンに入って、リリーがなにかしているかと思えば、いきなりこの少女? いや精霊が現れて床に突然穴が空き――落ちたらこの場所だった。ここが何階層なのかも分からない。


 単語しか発さないこの精霊は、どうやらダンジョンの精霊らしい。街の本屋のおじいさんが言っていたことは、本当のことだったみたいだ。


「あなたねぇ、他にいくらでも真似は出来るでしょ」


「これ、お気に入り」


「勝手にお気に入りにしないでくれる?」


 リリーがこうも僕以外の何かに気安くしているのは初めて見る。ただ、リリーの方が振り回されている感じはしないでもない。


「大体、私、まだあなたがアランを殺したこと許してないんだからね?」


「不可抗力」


「中に私がいることくらい分かってたでしょう?」


「リリー、捕まってる。いつも」


「なによ、そんなに人間に囚われてないわよ。えーと……」


 リリーはなにかの回数を数えだす。一、二、三……、七を超えたあたりで指を止めた。


「ほら」


「た、たまたまよ。たまたま。それに今回は違うんだから」


 二人の視線が僕の方を見る。イリルがじっくりと僕を見ているのが分かった。悩ましそうに無表情そうに見える顔を歪ませた。


「リリー。子供、ダメ」


「そういうのじゃないわよ。アランは――」


 今度はこそこそと二人だけで耳打ちしはじめた。何の話をしているんだろう? いい加減会話に混ぜて欲しい。イリルからリリーが離れる。


「あの子が?」


「そうよ」


 また、二人の目が僕を見る。落ち着かない。準備とやらはイリルのことだったのだろうか。リリーからダンジョンの罠を使ってジェナを殺すつもりなのは聞いていたが、てっきり、すでにあるダンジョン内の罠に誘い込むものだと思っていた。そして、いざ入って来た時に、上手い具合に引き付ける方法があるのだろう、と。でも、思っていたのと違う感じになりそうだった。手紙の内容で頭が一杯だったので、完全にその辺のやり方を失念していた。最終的に殺せれば何の問題もないから、特に考えていなかった。


 僕はしびれを切らして二人に訊いた。


「ねえ、それで、どうするの? ジェナを殺すのにダンジョンに呼ぶ手紙を書いたけど……、準備するって何するの?」


「あー、アランは何もしないわよ。するのは、この子」


「うぃー」


 拳を作って、リリーの声に謎の掛け声で彼女は反応した。場がシンとなる。本当に大丈夫か? 色々と心配になる。自分で言っておいてなんだけど、本当にダンジョンの精霊なのだろうか?


 慌てたようにリリーが場を取り繕う。


「ま、まあ大分変な子だけど、なにしろこのダンジョンの精霊だからね。ここを決戦場として、ここに来るまでの罠をこの子に造ってもらうの。というかもう頼んではあるわ」


「もう、出来上がってる」


「だ、そうよ。って、早いわね。つい、数日前に頼んだんだけど……。じゃあ、あとはここで待つだけね」


 話を聞きながら、どんな罠を仕掛けたのか気になった。なにしろ、相手はあのジェナなのだ。持ち前の体質で、大抵の罠は効かない。というか、罠で苦しんでいる姿を見たことがない。竜人の体質はそれだけ、特殊で、強力だ。


「どんな罠を造ったの?」


「見る?」


「アラン、見たいの?」


「だって、相手はジェナだよ。ただの罠じゃ僕の所に来るまでに、なにも痛い目に合わずに済んじゃう」


「まだ、時間はあるし……、見ましょうか」


「うぃー」


「う、うん」


 イリルの返事を聞いて、気が抜けそうになる。明日には殺し合いをするというのに、どうも緊迫感がない。さっきはジェナに遭遇して、かなり恐怖を覚えたというのに。



 イリルに最初に案内されたのは、真四角で真っ白い部屋だった。とても洞窟内には見えない。不穏なのは、ところどころに赤い血痕にしか見えないものが見えていることだった。造った、と言っていたから、そんな時間が経っているわけでもないだろうに、誰かが引っ掛かったのだろうか。


「んー? 変な部屋ね」


「これ、どうなってんの?」


「うぃー」


「いや、そうじゃなくて……、うん、もういいや」


 僕が訊こうとしてもまた「うぃー」と返そうとしてか、腕を上げようとしているのを見て、訊くのも考えるのもやめた。


 この部屋に来るまでに、あの決戦場の床が突然空いて、この真四角の部屋に投げ出されたので、どういう構造なのか訊こうと思ったけど――聞くだけ無駄そうだ。次からは何の前触れもなく床に落とすのを止めて欲しい。リリーはまったく気にして無さそうだった。


「何もないよ、イリル」


 リリーが不思議そうに首を傾げる。


「この部屋はどういう罠なの?」


「こういう感じ」


 イリルは無感情にも思える声でいった。途端に、前後にあった入口が上から降りてきた壁で塞がれていく。イリルはこういう仕掛け好きなんだろうか。僕が勇者パーティーに殺された部屋でも入口を塞がれていた。

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