第3話「ぼくは勇者に助けられた」

 村は真っ赤だった。いろんなところで火がごうごうと燃えている。どこの家も燃えて、ぼくの知っている村じゃなくなっていた。村の端に着いたぼくでもそれが分かった。それに、道には変なのがいた。肌が灰色で、あちこちを怪我しているのに、ふらふらと歩いている。ぼくは走るのを止めていた。


「なにこれ……」


〈これは……、一体誰がこんなことを。アラン、道を歩いているのに近付いてはダメ。あれはもう人間じゃない。ただの怪物〉


「え? でも、あれ――ぼくのお母さんだよ?」


〈……いい、アラン。よく聞きなさい。お母さんはとっくに死んでいるの。あれは死体で、ただの人形。あなたのお母さんじゃないの〉


 死体? 死んでいる? リリーはなにを言っているんだろう。だって、歩いているじゃん。ああ、お父さんもいる。お父さんも肌が灰色だ。なんで? みんな、みんな――灰色だ。


 ぼくはふらふらと彼らに近付いた。


〈アランっ、戻りなさいっ。死ぬわよっ〉


「リリー死んでないよ。だって、お父さんとお母さんだよ」


 お父さんとお母さんがふらふらとぼくに向かってくる。嬉しいはずなのに、怖くなってくる。なんで? 二人はなんでそんな顔してるの? なんでそんなに血がいっぱい流れているの? なんで灰色なの?


〈アランっ、アランっ。もうっ、アラン、体借りるよっ〉


 リリーの声が沢山する。ぼくの思いとは関係なく足が勝手に動いた。


「なんでっ?」


〈アラン、とにかく森に――〉


「あら、なんでこんなに『ドール』が集まっているんでしょう?」


 ぼくはその声を聞いた瞬間に、背中がぞわっと寒くなった。


〈げっ、なんでこいつがここにっ〉


 リリーの嫌そうな声が聞こえた途端、足がふわっと元のぼくの足にもどった。紫色の光が宙を舞う。


 ぼくは今になって周りを灰色の人間たちがたくさんで逃げられないことに気付いた。だけど、彼らはピタッと動きを止めていた。その中を女の人が歩いて来る。


「まだ、生きているのがいたのねぇ」


〈アラン、私は彼女に気付かれないようにあなたに深く潜る。殺されそうになったら全力で足に魔力を集めなさい〉


「リ、リリー、それはどういう――」


〈いい、全力よ。そうでなければ死ぬわ〉


 ふつっ、と糸が切れたように、それ以降リリーの声が聞こえなくなった。ぼくは一人ぼっちになって、急に心細くなる。いつまにかお父さんとお母さんもいなくなっていた。


「あら、あらあら? 子供、子供じゃなあい」


 灰色の人間たちの間から歩いてきたのは、真っ白な人だった。肌も髪もまつ毛も服も、持っている傘も。なにもかも真っ白で、目だけが青かった。その目がぼくをまっすぐに見て――笑った。


「ぼうや、大丈夫?」


「う、うん」


 本当はリリーがいなくなって、怖くてしょうがなかったが、ぼくは噓をついた。なんだか、そう言わなければならない気がした。この人、怖い――


「そう……、どうしようかしら」


 頬に手を当てて、白いお姉さんはなにかを悩んでいるようだった。ぼくは、一歩、後ずさった。


「困ったわ、勝手に貰っちゃうと、勇者様に怒られてしまいますものねぇ」


 お姉さんはぼくを見ながら、くすくすと笑うけれど、なにがそんなに面白いのか分からなかった。


「つまみ食いはよくないものね。とりあえず――」


 傘を畳んで、ぼくに先端を向けた。傘がさらに白い光に包まれる。なんだろう? ぼくがそう思っている間に白い光が花みたいにパカっと、ぼくにむかって花開いた。


「眠りなさいな、ぼうや」


 お姉さんの声がぐわんぐわんと頭の中で響いて、目の前が回り出す。ぼくは立っていられず、地面に足をつき、手をついて、体が倒れた。ぼくは――



 ぼくが目を覚ますと、ひどく周りがうるさかった。人の声がたくさんする。白い天井は布で出来ているみたいだった。


 お姉さんに眠りなさいって言われて――そのあとが思い出せない。本当に眠っちゃったのかな。


 身体を起こすと、自分じゃないみたいな苦しい声が出る。身体のあちこちが痛かった。周りにはたくさんの人がいた。ベッドがずらっと並んでいる。なんだろう、ここ。みんな苦しそうだった。血を流している人もいる。その間を白いローブを血で汚した人たちが行き来している。


 ぼくがぼうっと意味も分からず見ていると、白い布の壁の一部がペラっと捲られて、大きな男の人が入って来た。ずんずんと歩いてその人がこっちに向かって歩いて来る。誰だろう? ぼんやりとした頭でぼくは考えるが思い当たる人は誰もいなかった。


 みんな男の人を見るけど、誰も近付かなかった。ガシャガシャと男の人の着ている鎧の音が、どんどん大きくなる。男の人はぼくのベッドの横に立った。


「――君、名前は?」


「……アラン、だけど」


「そうか、アラン。調子はどうだ?」


 男の人はぼくのベッドに座った。ベッドが沈む。男の人はじっとぼくの様子を見ていた。黒い目がぼくのことを見つめる。


「え、と。分かんないです。頭が痛くて――」


「ナンシーの魔法が強かったか……。まあ、それはいい、俺は君に訊きたいことがある」


「ぼくに、ですか?」


「そうだ、君にだ。ナンシーが君を助けた際に、君の周りに黒い羽が落ちてたそうだ。生憎とすぐに燃えてしまったそうだが」


 こほん、と一つ咳をして、男の人はぼくを見る。


「黒い羽だ、アラン。君はなにか身に覚えはなないか?」


 ぼくは咄嗟に答えられなかった。リリーとのことは、「トクベツな遊び」のことは言ってはいけない気がする。村のみんなにも信じてもらえなかった。その上、足が大きくなるなんて言ったら、ぼくは頭がおかしい人になってしまう。それにこの人からも、あの真っ白なお姉さんと同じ感じがする。危なくて、怖い。


「わ、分からないです」


 やっと出せた声は自分でもびっくりするくらいに震えていた。黒い羽、リリー、火、真っ白なお姉さん、灰色の人間、お父さん、お母さん――


「――アラン、アラン」


「はぁっ、あっ、すみません……」


 男の人に身体を揺すられ、頭の中にあった色んなものがさあっと引いた。


「本当に分からないんだな?」


「は、い。あの……」


「ん?」


 ぼくは今になって、村のことが気になった。そもそも、ここはどこなんだろう。


「お父さんとお母さんが……」


「……君の村は魔王軍に襲われたんだ。生き残っているのは、君一人だけだ」


 男の人はじっとぼくのことを見ながら続ける。


「俺はアーサー・ブラウン。勇者だ。村を襲った魔王軍は壊滅させた。君はその途中でナンシーが見つけたんだ。まあ、運んだのは俺だがな」


 アーサーはははっと少しだけ笑う。


 ぼくは――勇者に助けられた。

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