男の罪
寿甘
告白
「私の罪を告白します」
ここはとある教会の懺悔室。ここでは罪を犯した者が己の行いを告白し、神に許しを乞うのだ。
今日も一人の男が、己の罪を告白しにやってきた。告白を聞くのは教会の神父であり、ここで聞いたことは彼の心の中にしまっておくしきたりだ。懺悔する者の素性を確認することも禁じられている。
「神の前に全ての罪を告白なさい。さすれば神はきっとあなたをお許しになるでしょう」
――嘘だ。
――神は犯罪者を許しはしない。
懺悔という行為は誰にも言えない秘密を吐き出すことで自分の心を楽にするためのものでしかない。
では、それを聞いた神父の心を救ってくれるものはどこにいるのだろうか。
「最初は軽い気持ちで参加したんです」
男は自分の過去を話し始めた。何のことはない、違法賭博に手を出したというだけの話。だが、次第に笑えない話になっていく。
「会社の上司に誘われて、チョコレートを賭けて麻雀しようって言われました。麻雀はコンピューターゲームでかじった程度で、チョコレートが現金を意味する言葉だとは知りませんでした」
現金を賭けた麻雀は違法なので、隠語を使う。チョコレートは多くの違法賭博で使われる隠語で、主にゴルフ場で
「散々負けた後で知らされて、多額の借金を背負いました。そして、借金と違法賭博に加担した事実を理由に脅迫されて代わりのカモを連れて来いと……」
男は、上司に命令されて何人もの同僚を誘い、犠牲者を増やしていったと言う。ネズミ算的に増えていく被害者を見て、自分がしてしまったことを後悔したそうだ。
だが、それで終わりではない。
「可愛い後輩がいたんです。私のことを慕ってくれて、何度も一緒に飲みに行ったり、休日には彼の好きなボルダリングに誘ってくれたりして、本当に良い奴だったのに……」
ある日、彼は会社を無断欠勤した。真面目で、連絡なしに会社を休むことなんて考えられないような人物だったのに。
結論から言うと、彼は自宅で首を吊っていた。
「私が賭け麻雀に誘った同僚が、同じように彼を誘ったんです。私が……脅迫なんかに負けなければ……いや、最初にチョコレートの意味を知ってさえいれば!」
己の罪を告白しながらすすり泣く男。上司を告発したくとも、自分も既に共犯者なのだ。自分のしでかしてしまった罪の重さを受け止めるだけの覚悟はなかった。
神父は壁の向こうから男に声をかけた。
「神はあなたをお許しになるでしょう」
――嘘だ。
この男は哀れな被害者だが、罪を犯したことに変わりはない。この男が同僚を陥れ、その同僚が後輩を陥れた。罪の連鎖は今も止まることなく続いている。
神父は音を立てないようにそっとその場を離れた。
そして、禁を犯し男の姿を確認する。
「……神が救ってくれる? 馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるものか」
素早く着替え、普段着になった神父は一般人を装い教会の外で男が出てくるのを待った。しばらくして出てきた男の後を追い、自宅に入るのを見てその住所と名前を確認すると、目的は達成したとばかりにまた教会へと帰る。
男の素性が分かれば、罪深き者どもの溜まり場も分かろうというものだ。
「罪を犯した者達に与えられるのは救いではない……罰だ」
神父は、長年多くの告白を聞いてきた。神に仕える者の勤めとして、反吐が出るような罪の告白を心の内に留めてきたのだ。
誰にも伝えることを許されない秘密の重みが、徐々に彼の心を蝕んでいく。
十年ほど過ぎた時、そこには罪深い人間をいたぶり恐怖を与えることに喜びを見出す悪魔の姿があった。
「賭け麻雀など小物もいいところだが……未来ある若者の命を奪った罪は決して許されるものではない」
その夜、
「もう罪を犯した者は全て調べがついた。これぞ神の思し召しというものである」
神父は、男の住所と名前から会社を割り出し、その中の人間関係全てを調べ上げていた。これまでに神父として集めてきたこの町のあらゆる情報が、彼の求めるものを教えてくれる。
「我こそが神の怒りの代行者なのだ!」
血に飢えた獰猛な笑みを浮かべ、夜の街へと音もなく駆け出す。
――次の日、男の上司だったものが会社前の道路に散らばっていた。
『現場の状況から、警察は自殺と断定しました』
自分を苦しめた上司が会社の屋上から身を投げたというニュースを見た男は、これで被害にあう人間が増えずに済む、神の奇跡だと思った。
これが彼を襲う恐怖の始まりとも知らずに。
男の罪 寿甘 @aderans
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