第4話 潜入とその失敗
「管理官との件を、どうして」
ルーナは真っ先に聞いてきた。それは気になるだろう。色気を使って試験問題を調達したり、実習の際にいい点をもらったりしていたのだから。さすがに最終ラインは超えていないようだが、それ以外はとても子供に言えないようなことをバンバンやっていました……なんてことをバラされたら、学園にはいられなくなるのだから。
しかしそれに答えるほど、今の私はお人好しではない。
「どうでもいいでしょ。人づてに聞いたのよ。それより、ディアス先輩について教えてくれる? 最近どう動いていて、どこに行けば会えるか知りたいんだけど」
私はそれから、ルーナに尋問した。分かったことは、最近ディアスは郊外に小さな館を相続し、休日はそこに友人を呼んで過ごしているという事実だった。招かれなければ行けない催しだが、ルーナの友人ということにすれば、なんとか潜り込めそうだった。
「じゃあ、適当に学友ということにしておいてちょうだい。最後まで私のことをバラさなければ、あなたとトスカ管理官のことも永久に誰にも言わないから」
私はルーナと約束をとりつけてすぐに自室にとって返す。そして筆記具を使って、ことの全てを書き記した手紙を作った。
ルーナの性格も、実家の状況も私はよく知らない。脅しのままに素直に動いてくれる相手ならいいが、私を排除した方が早いと判断する冷静な奴である可能性はまだ残っていた。
実家で唯一私をかわいがってくれた姉に向けて手紙をしたため、封印を何重にもして飛ばす。これで一応、何かあった場合の保険はかけた。
しかし、心配のしすぎだったかもしれない。ルーナからは何もされず、数日たってから休日の招待状が届いていた。私はありったけの正装とアクセサリーを引っ張り出し、なんとか貴族の体裁を保った格好をして出かけた。
「……ここ、本当に中級貴族の別荘なの?」
私が心配しなければならないのは、別のことだったかもしれない。屋敷の内部は飾り気のない外装からは想像できないほど絢爛豪華な代物で、至る所に金細工や年代物の品が置いてある。壁には有名な画家の手と思われる絵画が並び、それを眺めているのは明らかに特注の服をまとった優雅そうな人々だ。学生が大半と思われる年代だが、中には年上の人間もちらほら混じっている。
あの中の何人かがディアスのパトロンなのだろうか。そう考えなければ、この豪奢な館の説明がつかない。私は自分のみすぼらしい格好が彼らから見えないように、こそこそと距離をとった。
「やあ、君がアーシアか」
そんな私に、背後からさわやかに声をかけてくる者がいた。弾かれたように振りかえると、よほどその様がおかしかったのか高らかに笑われる。
「……お招きありがとうございます、ディアス先輩」
「ルーナから話は聞いてるよ。最近、ずいぶん熱心に勉強を教えてくれるそうじゃないか」
「熱心というか、少しコツのようなものをつかんだので。みんなで共有したほうが、学校全体のためにもなりますし」
私が言うと、ディアスはにっこりと微笑んだ。その整った顔立ちにはなんともいえない色香と魅力が詰まっていて、本来の目的がなければ私も彼に落ちていたかもしれない。
「それは素晴らしい考えだな。有望な生徒を歓迎して、何か好きな飲み物を作ってあ
げよう。何がいい?」
「い、いえ本当にお構いなく……」
「遠慮しなくていいよ」
私は焦っていた。毒を盛られる可能性を考えて、このパーティーでは一切何も口にすまいと決めていたのに、予想外の展開になっている。毒物の存在を感知する魔法も使えないわけではないが、発動に時間がかかりすぎるのだ。
「ほら、何でも好きなものを言いなよ。他の人たちも好きに頼んでるから」
ディアスは少し引いたところで、私の様子を見守っていた。いなくなるつもりはないらしい。舌打ちしたいのをこらえて私は進んだ。
確かにバーカウンターには、雑多な人が訪れて注文していた。私はその様子をしばらく観察してから、ある飲み物の名前を口にする。
「じゃあ、リベルタ水を」
独特な名前がついてはいるが、元の世界でサイダーと呼ばれていた飲料に味が酷似している。それでも、甘味の種類が少ないこちらの世界では貴重品として結構喜ばれる代物だ。
しかし私がそれを注文したのは、甘い物が欲しかったからではない。
「どうぞ」
バーテンダーがカウンターにリベルタ水を置いた。私は彼が新たな注文を受け、飲み物から目を離した一瞬の隙をついて、よく似た色、よく似た形の他のグラスを取ってそこを離れる。……私に毒を盛ろうとしていたのなら、ざまあみろ。
「ちゃんと作ってもらえたかな?」
「はい。ありがとうございます」
ディアスも私のすり替えには気付いていない様子だった。ほっとしてホール中央に戻ると、正装したルーナがそこにいた。
「ルーナ。お友達を連れてきたよ」
ディアスに向かって、ルーナは嫌な顔ひとつせず頭を下げる。内心私のことなど鬱陶しくて仕方無いだろうに、にこやかに対応してみせるとはなかなか肝の据わった女だ。
「ディアス先輩、ありがとうございます。もうすぐ乾杯が始まりますから、アーシアも一緒に楽しみましょうね」
彼女の言葉通り、奥手にある中二階の席から誰かが立ち上がった。遠目に見ると、この人も俳優のように背が高く、引き締まった精悍な顔つきだ。イケメンの巣かここは、と私は内心毒づく。
「皆様ご静粛に!」
彼の声は朗々としていて、ざわついていた会場が一瞬で静かになった。
「まずは今日もこのような楽しい会を考えてくれたディアスに感謝を。これからもよろしくな!」
喝采があがり、ディアスはそれに軽く手をあげて答えた。
「では、話はここまでにして。皆さん、グラスをどうぞ──乾杯!」
合図をきっかけに、皆がグラスを近づける。ぶつけることはなくあくまで近づけるだけだが、友好的なムードは十分に生まれた。私もそれに飲まれ、ほんの一口だけ飲み物を喉に流し込む。
その直後、体に異変が現れた。世界がぐるぐると回り、足下はまるで雲を踏むようにおぼつかなくなる。平衡感覚を失った体は、前に後ろに揺れはじめた。私は近くにいたルーナの腕をつかむ。その腕が妙に冷たくて、私の指はするりと滑り落ちていった。
膝が砕け、地に体が衝突する。柔らかい絨毯の上で、私は人々のざわめきに混じって、確かに聞いた。
「アーシア、君は賢いよ。でもちょっと足りなかったね」
ささやくようなディアスの声と、ルーナの笑い声を。
「……ん」
再び私の意識が戻ったとき、何か柔らかいものの上に寝かされていた。相変わらず室内は華やかだったが、シャンデリアの形状と天井の色が違うため、別の部屋に移されたのだと分かる。
「生きてる……」
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