第2話 広がる人脈
「もしこれが、当たっているとしたら……」
難しいと評判の歴史の試験で、好成績をおさめられるかもしれない。私はわくわくしながら、問題の解答を調べ始めた。
「アーシア、歴史の試験どうだった?」
「七割くらいとれたかな」
「げっ。今回難しかったのに、お前……いつの間にそんなに勉強したんだよ」
「持ち上げすぎだってば。上位陣はいつも通り、九割近くとってるっていう話じゃん。ま、少しは真面目にやったけど。君もそろそろ本気出したまえよ」
「……たまたま上手くいったくせに、調子に乗りやがって」
私はケルンに偉そうな口をたたきながら、内心冷や汗をかいていた。やはりあの試験問題は本物だったからだ。試験が開始され、あの書き付けと寸分違わぬ本文を見たときには、声をあげそうになるのを必死に我慢したものだ。
本当なら全問正解にすることだってできた。しかし、平均よりちょっと下くらいの成績だった私が突然そんなことをしたら、周りの人間はまず不正を疑うだろう。なんやかんや言い訳をつけて、学校から放り出されるかもしれない。そうなったら、私の人生は完全に終わる。
だから下調べしたうち、難易度の高かった問題はわざと間違えた。そのおかげで、教師もクラスメイトも特に私を疑っていない様子だ。
「次の化学調合の試験で目に物見せてやるからな! 覚えてろよ!」
悪役丸出しの台詞を吐いて去って行くケルンに手を振って、私は教科書に目を落とす。しかし目は文字を追ってはおらず、次の試験問題をどうやったら透視できるか考えていた。
分かりにくいとはいえ、管理官同士、または管理官と学校でのやりとりという決まった形式がある以上、必ずなんらかの符丁がついているはずだ。前回はたまたま意識に引っかかったようなものだが、今度は意識的にそれを読み取ってみたい。
私は行き交う魔法に意識を飛ばしてみる。通信魔法は使い手によって微妙に形を変え、ついている符丁はフクロウに似た鳥だったり、羽ペンだったり、奇妙な人の顔だったりと様々に見えた。
その中から、学校にまつわる符丁の一つを探り出さなくてはならない。とてもではないが、授業の時間内には無理だった。それに、試験問題があがるなら生徒が寮に帰ってしまった後の可能性の方が高いだろう。
へとへとになって部屋に戻ってから、符丁探しを再開する。一応学校なのだから、あまり卑猥だったり奇妙だったりするシンボルはつけないだろう(たまに口にするのもおぞましいような符丁をつけている奴がいて、私はそいつに絶対に近寄らないと決めた)。
「校章……または学校旗に通じるなにか……それか、学業に関連する物……」
私はいくつかこれと絞ったものの中身を読み取り、それが全て外れだと別のシンボルを探した。そしてついに探り当てたのが、砂時計の符丁だった。
「なるほどね。試験には制限時間がつきものだし、いい符丁かも」
私はそれから、行き交う砂時計の中身を全て解読していった。もちろんひと晩に解読できるのはひとつの情報が限界だったし、解読に熱を入れすぎると翌日死にそうになったが、それでも着実に試験問題は積み上がっていった。
私はそれを使って、ゆっくり自分の成績を上げた。安易に難問には手を出さず、徐々にレベルアップしていくと、周囲が私を見る目も変わってくる。
「アーシア、ここが分からないから教えてほしいんだけど……」
中には、私の教えを請う者まで出てきた。時折本気で分からなくて困ったけれど、たいていは触りだけ教えると満足して去って行ったので、私の評判が下降することはなかった。
そんな感じで私の成績が上位二割に入り始めたころ、思い詰めた顔をしたケルンがやってきた。
「何よ」
放課後の教室、他の生徒たちは続々と出て行く。まさかケルンに告白でもされるのでは、と思って私は少々胸の鼓動を速くした。
「……俺の成績、最近ますますヤバいんだ。このままじゃ、追試どころか放校になるかもしれない」
色っぽい話ではなさそうなので、私はため息をついて先を促した。
「とりあえず、次の期末で不合格を三つ取ったら追試確定なんだ。俺が特に不得意な科目、一つでいいからヤマを当ててくれないかな」
教えてくれ、でなく問題を予測してくれ、という性根に全ての原因が詰まっているような気がしたが……確かに今から猛勉強したところで、苦手を克服できるほどの時間はないだろう。私は引き受けることにした。
試験問題はどうせ自分のために盗み見るのだから支障ないが、タダでやるというのも嫌だったので、ケルンにこう切り出してみた。
「当たらなかったら何もナシでいいけどさ。もし当たったら……何か私にくれない?」
「金ならないぞ」
「それは知ってる」
ケルンも貧乏貴族の子供である。懐具合が自分と同じくらいなのは重々承知だ。
「情報が欲しいのよ。あんた、勉強は嫌いでも変なとこにはしょっちゅう首つっこんでるじゃない」
「……いいけど、俺が知ってるのなんてあくまで噂レベルだぞ?」
「構わないわよ。聞くだけで結構面白いものでしょ、そういうのって」
もちろんこれも嘘だ。情報のとっかかりさえつかめば、本当かどうか魔法で確かめられる。──そう、この頃には私は、試験問題を集めるだけでは飽き足らなくなっていたのだ。
もっと知りたい。学園を行き交う全ての情報をこの頭の中におさめたい。
知識欲と呼ぶには少々ゲスに過ぎる欲望が、私の中で渦巻いていた。体の中で動き出したその危険な獣のようなものを、止めることはできない。
「じゃあ、一日時間をちょうだい。出そうなところをまとめておくわ。あんたも面白そうな噂、集めておいて」
「ほいほい」
「……やる気ある? あんたが好きな三組のマルガレッタに頼まれたくらいの熱意でお願いしたいんだけど」
「な、なぜそれを!!」
ケルンは驚愕しているが、彼の符丁さえ読み取ってしまえば恋文の内容くらい簡単に把握できる。
「……言っておくけど、あんたがまともに報酬を払わなかったら恐ろしいことが起こるからね。そのつもりで真面目にやんなさいよ」
ケルンに真顔で脅しをかけると、彼は追い詰められた山羊のようにぷるぷると震え出した。
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