悪役モブに転生してしまったので、情報を握って逆転を狙います
刀綱一實
第1話 カンニングは魔法で
私は死んで転生した。トラックに轢かれてとかいうわけではなく、普通にビルの屋上から飛び降りて死んだ結果である。
人生には絶望していたから、別に第二の命がどうしても欲しかったわけじゃない。全然別の世界を覗かせてくれるというから、ちょっと面白そうかもと思っただけだ。周囲にいじめられ、両親からは省みられなかったという事情を考慮して、いい役を当てはめると「神」とやらが言っていたことも大きかった。
それなのに、私が転生した先は──
「なんで私が悪役モブで転生なのよ、納得いかない!!」
「おいこら、手が止まってるぞ! 電撃を食らいたいのか!!」
疲労で思わず本音を叫んでしまった私に、容赦なく管理官が叱責を飛ばす。私は短い悲鳴とともに首をすくめて、作業に戻った。
「いきなりなんだよ、アーシア」
隣に座っていたケルンという男子が、訝しげな視線を向けてくる。話している間も手がなにかしら動いているのは、下っ端の魔術学生が叱責されないために身につける技の一つだ。
……そう、私はその辺にいくらでもいる、下級官吏の家に転生してしまったのだ。しかも、この世界では忌み嫌われている暴力的な君主のお抱えとしてずーっと続いてきた家。私はその家の娘として、当然のように親の後を継ぐべく厳しい寄宿学校に入れられてしまった。
授業は聞いたことのない内容ばかりだし、私は突出した才能もなく家の後ろ盾も大したことはない。管理官たちはあからさまに上級貴族の子弟だけをちやほやし、私たちには辛辣だった。卒業できても報復される恐れがないとわかっているから、やりたい放題なのだ。
「……なんでもないわ。なんであんな家に生まれてしまったんだろうって、思っただけよ」
「それは言ってもしょうがないだろ? じゃあお前、農奴なんかに生まれたかったのか。俺たちは貴族の末席ってだけで大分マシなんだぞ」
ケルンのように、この世界の記憶だけしか持たないのならそう考えることもできただろう。いっそ、ここに来る前のやり取りを全て頭の中から消してくれれば良かったのに。
自殺だったのがやはり良くなかったのだろうか。自分に非がない状態の死でないと、神様は情状酌量してくれなかったということだろうか。とにかく、私は変えようのない結果にひたすら苛ついていた。
「この境遇が嫌っていうんなら、魔術を磨いて戦功をたてるか、官吏試験で優秀な成績を出して抜け出すしかないぞ。どっちにしたって超低確率には違いないけどな」
「それ、実際は片方しか有効じゃないじゃん」
官吏試験は親のコネが大きくものを言う。いくら優秀で首席をとったとしても、親の位が低ければつける役職はたかが知れていた。実質、成り上がる手段としては、いいところの跡取りがつきたがらない軍職くらいしかないのだ。
漏らした私のため息を聞いて、管理官が振り返る。私はあわてて作業に戻り、なんとか罰則の雷魔術は避けられた。
その夜、私は寮の自室に戻ってベッドに寝転ぶ。元の世界の八畳ほどの部屋に上下二段のベッド、簡素な長机、椅子が二つ、あとは備え付けの収納が詰め込まれたケチくさい……いや、機能的な部屋だ。
本当は二人部屋なのだが、相棒が魔術実習で大怪我を負い、治療中なので今はとても気楽な状態だった。こっそり魔術の練習をするにも、好都合。
「得意な魔術……か」
魔術には大きく分けて三つの系統がある。攻撃系、治癒系、補助系。ダメージを与える、傷を治す、バフやデバフをかける……と、いずれも戦闘には欠かせない要素だ。
このどの系統が得意かは、遺伝によってだいたい決まっている。私の家系は補助系、つまり一番地味な魔術を得意としていた。ホント、冴えないことにかけては長けた家である。
「戦場で必要となると、味方の攻撃力アップ、敵の攻撃力ダウン、回避煙幕……それに、情報伝達ってところかな」
この中で、私が最も得意とするのは情報伝達だった。戦場を漂ってくる通信魔法を的確にキャッチするのはなかなか大変なようだが、何故か私はそれがすんなりできるのだ。同じ組の面々が苦戦する中、逆に敵にニセの情報をばらまくことさえやってのけた。
「伸ばすのは明らかにここよね。でも、学園の中でどうやって訓練したらいいのかな……」
もちろん、この学園でだって通信魔法は飛び交っている。それを捕まえて解読できたら、訓練になるだけでなく、なかなか面白いことにもなりそうだ。しかしそれは、容易ではない。
戦場で飛ばす通信魔法には、味方に分かるよう目印のようなものが必ずついている。だがここでわざわざ魔法を使って伝えるのは、人に聞かれたくない、知られたくないこと。それゆえに目印は対象の一人だけに伝わるように、非常に分かりにくく隠されている。
「私にそれが解読できるのかな……」
試しに、私は寝床に横たわったまま目を閉じてみた。そして、行き交っているであろう魔法に意識を集中させる。半分、捕らえられるはずがないと自分を小馬鹿にしながら。
しかし次の瞬間、頭の中をすさまじい情報量が駆け抜けた。生きているときに見たドラマの描写で、数学者や作曲者が突然何かをひらめいたような、あの感じ。文字が勝手に脳裏に浮かび上がってきて、いらないものは勝手に消えていく。
私は思わず起きて、机の上にあったノートにそれを書き付ける。書く途中一度も腕は止まらず、気付いた時にはインクが切れて、ペンのひっかいた跡だけが紙の上に残っていた。
「なに……これ……」
私は息を整えながら、ペンにインクを足し、最後の跡をなぞる。その途中で、何が書いてあるかはだいたい理解した。試験問題だ。次の歴史の試験に出される問題が、克明に記されている。
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