愛する彼は死を願う

Sky(桜靖)

本編

私は有名な私立大学の文学部で教鞭を執りながら,小説家としてそこそこファンを獲っているおじさんだ。

そんなおじさんにも隠し事が一つだけある。

それは、愛する彼がいるという事だ。


お風呂も沸いたしご飯もあと少し、そろそろ帰ってくる頃だろうか

-ガチャ-

「ただいま帰りましたー」

「おかえりー」 キッチンから声をかける

玄関からなだれが起きた

「由紀夫さ~~ん、 もう僕を殺してくださいぃ~、、、」

「はいはい。お風呂沸いてるしご飯もあとちょっとだけど、どっち先にする?」

「うぅ、、おなかすきました~!」

「じゃあもう少し待っててね今できるところだから」

「今日の晩御飯は何ですか!?」

「今日はシチューとじゃがバターとバゲットです」

「なんて豪華な!!」「金曜日の夜なのでね」

「出来たらすぐ食べたいので、おてて洗って食器並べといてもらってもいいですか?」

「はーい」

ちょっと希死念慮が強いところが玉に傷だが、それを除けば聞き分けの言いとってもかわいくて愛おしい彼だ。



出来上がった料理をリビングに運ぶ。彼が冷蔵庫の野菜室からワインを取ってくる。

これで食器も料理もお酒そろった。完璧な金曜夜の食卓だ。

「「いただきます」」

ものすごい勢いで料理を平らげていく。これだけきれいに完食するなら作り甲斐があるってものだ。

私が食べ切れなっかった余りを勿体無さそうに食べている彼を横目に食器を運び、おつまみを取って戻る。

そこからは彼の日々の仕事の愚痴のオンパレードだった。


一通り彼の話が終わると明日からの土日に思いを馳せながら一緒にお風呂に入る。

そこからの私たちは幸せモードまっしぐらだ。

土日の予定を話し合い、それなら早く寝ようと平日には絶対あり得ない時間にベッドダイブを決め込んだ。






そろそろ寝ようとしていたころ彼がこちらに体を向けなおした。気になったので私も体を少し起こして向き合う形になる。

「どうした?眠れない?」

「由紀夫さん、、私の首絞めてもらえませんか?」

そういって彼は僕の手を喉元へ導く

「おねがいです、僕を殺してください。貴方に殺されるなら悪い気はしない。」

「そんなこと言ったって殺したあとはどうすればいいんだい?」

「欲を言えば可食部は食べてもらいたいですが、正直死んだ後の体に何の思いもありません。 ゴミのように捨てていただいても結構です」

「そうか、じゃあ標本にしてしまおう。」

「それ、 最高ですね」


まんまと彼に乗せられた


彼の上に馬乗りになり、自分の手に視線を落とす。

彼に誘われた手を少しずらして、親指がちょうど喉仏の位置になるように調整する。

ぐっと力を入れると喉仏がゴリッと押し下げられる。指が滑るようにして流れ落ち、頸動脈と重なる。そのままさっきより弱い力で頸動脈を閉めていく。

最初の衝撃にびっくりした喉が必死に空気を取り込もうと嚥下し上下している。

痛くないように、じわじわと空気が入らなくなっていくように徐々に指の力を強める。

上がっていく私の力に合わせるように彼の血管もまた強く脈打つ。

視線を少し上に移すと、虚ろな目をして幸せそうに私を見つめる彼の顔があった。

彼の笑顔にニヤリと笑い返す。瞬間、彼の目がぐりんと向こうにいってしまう。

意識を落としてしまった。。。

彼の口元へ手を近づける、良かった息はあるようだ。


彼の上から降り、布団をかけなおす。少し穏やかになる寝顔を見て安心する。

私はそのまま寝室を出てキッチンへ向かう。震える手を収める為にホットコーヒーを淹れる。

こんな時間に飲んだら寝れなくなるだろうが彼が起きるまで寝るつもりはないのでむしろ好都合だ。

まだ熱々のマグカップをもって寝室へ戻りベッド横の椅子に座る。

元々は寝室一角にある私の執筆用机の椅子だが、最近はめっきり書かないからか埃をかぶっている。

手持無沙汰なのでマグカップを抱えながら書きかけで放置された原稿に目をやる。

書けなくなって何ヶ月がたったのだろう。実はもう、一年ほどたってしまっているのだろうか。

大学教授の方が忙しいと嘘をついている。担当にもファンにも彼にも自分にも

もうコアなファンすらついてきてくれていないのかもしれない。そう思うと怖くて両手でマグカップをぎゅっと握った。

彼が希死念慮を抱きながら僕に依存するように僕も彼に依存しているのかもしれない。




目が覚めた彼は首元をさすりながらこっちを見る。死んでしまったのかと思う位とても恨めしそうな表情だ。

「結局また殺してくれなかった。。。」

「ごめんな、まだ生きた君を愛していたいんだ。」

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