第18話 待ち合わせと再会
朝の微睡みは心地良い。特にこの部屋は、ちょうどベッドのところへ四角い窓の形の陽だまりができて暖かく、浅い眠りを余計に快適にしてしまう。
トドゥルユルも、そういうぽかぽかした朝の時間と寝床が大好きらしく、早くに起きたホルスが何度起こしても、全くベッドから出てこない。
「今日はショーンと会う約束があるって分かってるよね? ちゃんと起きてくれなきゃ困るよ」
少し声を尖らせると、トドゥルユルは嫌そうに眉を寄せて布団から顔を出した。
「気持ち良いのに」
「君が自分で行きたいって言ったんでしょ。さ、早くベッドから出て」
トドゥルユルは、はあと息をつき、やっと床へ足を下ろした。
ショーンとはアラメアとアリスターの一件以降、連絡を取り合う仲になった。ホルスとしては最初のうち、アラメアのことを知りたいだけだったのだが、ショーンの方では親しくなりたかったらしい。ホルスがトドゥルユルの容態について知らせようと彼の通信機へかけるなり、嬉しそうに声を弾ませた。彼はアラメアがアリスターの元に置かれるようになった経緯を含め、その後の展開を教えてくれた上、なぜかおすすめの料理店やカフェ、映画館のことまで話しだした。通信機と一体となったホロプロジェクターの上に映し出された、青みがかったショーンの姿は楽しげだった。
「今度、一緒に映画を観に行こう。懐かしの名画を期間限定で上映する企画があってな、子どもの頃テレビ放送で観て大好きになった映画がいくつかやるんだ。観に行きたかったんだけど、一緒に行く人がいなくてな。近所の奴らとは休みが合わなくて」
やたら積極的に距離を詰められ、身構えずにはいられなかった。適当にはぐらかそうとしたが、横で会話を聞いていたトドゥルユルが興味津々といった様子で目を輝かせた。
「行くよ」
不意にくちばしを入れられて、一瞬ぽかんとした間に話は決まっていた。それから、一緒に出かけるなら連絡をお互いに取り合えた方が都合がいいだろうと、ホルスの通信機の番号までショーンに伝える羽目になってしまった。
「だいたい、なんで君、映画なんて観たいの? よく知らないでしょ」
身支度をしながら、また声を尖らせる。
「いや、ここに来てからテレビでやってるのは観たことある。でも映画館ってのは、もっとでかい画面で観るんだろ? 面白そうだ」
好奇心旺盛だな。そう思ったが、それは自然の中で生きてきた者の性のようなものなのだろう。こうやって目新しいものに興味を示して調べることで、周囲の環境を知り、身を守ることや獲物を狩ることに繋がるのだ。森の中に住みながら人間もどきの生活をしてきたホルスには、分からない感覚だった。
「とにかく、急いで。約束の時間に遅れちゃうよ」
急かされても、トドゥルユルは慌てる様子もなく、彼らしいペースで帽子を被り、シャツの袖に腕を通していた。
外へ出ると、湿った空気がひんやり心地良かった。この辺りの六月の気候は、ホルスにとって、そしておそらくトドゥルユルにとっても、過ごしやすくて良い。
「ショーンとどこで会うの?」
「映画館前だよ。ちょっと行くとメネフネやスキャブの人たちがたくさんいる賑やかな通りがあってね、そこにある劇場だ」
へえ。トドゥルユルの返事は静かで、既に興味を失っていることがうかがえた。彼には人種の話もしてあったが、どうやら関心を抱く事柄ではないようだ。
待ち合わせの劇場を指定したのはショーンだ。理由は獣人も入れるところだから、とのこと。
「獣人?」
聞いた瞬間、ゾッと悪寒が走り、ホルスは震える声で訊ねていた。
「ああ、実は俺、犬の獣人と暮らしてるんだ。できれば一緒に連れてってやりたかったんだけど、苦手だったか?」
「いや、大丈夫……!」
喉元まで突き上げていた吐き気のような緊張が、ゆっくり下がっていく。声に安堵が滲んでいるのが自分で分かった。
「あの、中には非合法で獣人を連れてる人もいるから、少し心配だっただけだよ。犬の獣人なら問題ないね」
「そんな訳ないじゃん、俺、捕まっちゃうよ」
ショーンはカラッと笑い飛ばした。良かった、上手くごまかせたみたいだ。
こうしてホルスとトドゥルユルは、ショーンと、そして彼と同居する犬の獣人と共に映画を観ることになった。
濃い霧のような涼風が、頬を撫でていく。宿を出た時よりも、いっそう空気は湿り気を帯び、上を仰げば空は今にも泣きだしそうな薄墨色をしていた。けれど、その空の下で、人々の表情は明るい。笑いながら語り合い、手を叩いて喜び、はしゃいでいる。楽しそうだな、と思い、足元へ視線を落とすと、夜の間に降ったらしい雨で水溜まりができていた。ホルスの姿が映って見える。
「ショーンたち、遅いな」
水溜まりをパシャンと蹴って、トドゥルユルが言った。水面のホルスの顔が崩れる。波紋を描いて揺れたそれは、ゆっくり平らに戻り、再びホルスを映した。その中の自分が、はぁと息をつくのが見えた。
「俺たちだって、今来たばかりじゃないか」
「まあ、そうだけど」
「すぐ来るよ」
そう言って視線を前へ向けた瞬間、ゾッと背筋へ戦慄が走った。周囲の音が、いっぺんに遠のく。よく知った顔があったのだ。
象牙色の肌、榛色の目、何より頭頂部に産毛程度に残った髪が、約五年間のうちに目に馴染んだ像と重なった。アームリムカークで共に働いていた、そしてトドゥルユルに酷い仕打ちをした、ハーブに間違いなかった。
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