閑話 不滅種のとある一日

「────────え?」


 思わず短く声が出てしまった。


 朝、外に出ると、すぐ玄関の郵便受けに謎の手紙が入っていた。


 私の元に手紙が来るなんて、珍しいこともあるんだ。


 そう思いながら封を切り、中身を確認すると、そこには遺書(仮)と書いてあった。


「遺書……?」


 その瞬間、嫌な予感がして、無意識にそう呟いてしまう。


 私はその手紙をゆっくりと手で開く。


 何故か、私の手は震えて言うことを聞かず、心臓の鼓動がバクバクと鳴り始める。


 何でだろう……?


 こんな心が苦しくなること、今までになかったのに。


 私は震える手をなんとか制御しながら、手紙を開いた。


 そこにはグレイグという送り先に名と共に、短い本文が記されていた。



 本文の内容は、明日多分死ぬということ。


 それと、残していった装備や金は全て引き取っていいとのこと。


 そんな二つのことが、手紙には書いてあった。



 理解するのに、時間がかかったと思う。


 頭が真っ白になって、時間が止まるような感覚に陥る。


 心臓の鼓動だけが速く脈を打ち、視界をどんどん奪っていく。






 *******






 私たち、不滅種は寿命が存在しない。


 そのため、子孫を残すこともないし、誰かを愛することもない。


 誰かの記憶に残ることも無く、永遠の時を生きる種族だった。


 不滅種の私にとって、どう生きるかは問題ではなく、どう死ねるかが問題だった。




 私は永遠と各地を転々とし、その場その場で影の薄い人物として過ごしていた。


 不滅種といえど、お腹は空くし、美味しい食べ物だけは食べたい。


 だから、そこら辺の誰でもできるような仕事を消化し、美味しい食べ物を食べる。


 そんな日々を千年くらい送っていた。



 その千年もの間、私は誰かの記憶に残るわけでもなかった。


 私は自分から喋りかけるなんてしないし、ずっと独りで行動していた。


 まぁ、人間と親交を持つなんて、後々苦しむだけだから、するだけ無駄だ。


 そのことを、私はよく理解していた。




「……すみません。ちょっといいですか?」


 そんなある日、私は一人の冒険者に話しかけられた。


 元々存在感のない私にとって、誰かから話しかけられるのは実に数十年ぶりだった。


「……なに?」


 私は冒険者の男にそう冷たい声で対応した。


「あの、俺とパーティー組みませんか?」


 すると、冒険者の男はまるで絶好の相方を見つけたみたいなキラキラな目をしながら、私にそう言い放った。


 え? 私と? なんで?


 真っ先に、そんな単純な疑問が脳裏を過った。


「私……弱いよ? それにあんまり人と話すのは好きじゃない」


 私は冒険者の男をじっと見つめながら、そう言った。


「いや、それがいいんですよ。俺はモブとして、明らかにモブみたいな奴とパーティーを組む必要があるんですよ」


 冒険者の男はモブというよく分からない単語を使いながら、そう力説した。


 この男が言っていることは、よく分からなかった。


 最近はモブという新しい単語も出てきているのだろうか?


 世界の流れは、私にとっては少しだけ早くて困る。


「まぁ……いいよ」


 私は少し困惑しながらも、その男の手を取った。


 まぁ、人と少しだけ関わるのも悪いことじゃないはずだ。


 私はそんなことを思いながら、生まれて初めて人との関わりを持った。



 どうして、不滅種は人と関わりを持ってはいけないと教えられるのか。


 人と関わるのは悪と教えられてきたのは、何故なのか。


 その時は、その理由を私は理解できなかった。





 ******





 グレイグの家に行っても、グレイグはいなかった。


 冒険者ギルドに行っても、よく行くダンジョンに行っても、行きつけの酒場に行ってもを


 グレイグの姿はどこにも無かった。


 周りの冒険者達の話を聞いても、グレイグは死んだという情報以外を手に入れることはできなかった。



 意識がとんどん朦朧として、冷静な思考が失われる。


 今までに経験したことがない喪失感が、頭を埋め尽くす。



 あれだけ何重にも加護を施したのに。


 あれだけ死なないように、何年も続けて加護を重ねていたのに。


 人間は私が想像している以上に、脆すぎたのかもしれない。



 そんな後悔しても、過去は戻ってこない。



「そうだ。そっか……生き返らせればいいんだ」


 朦朧とした意識の中、私はそんな結論に至った。


 そうだ。グレイグが死んだのなら、生き返らせればいいんだ。


 何年後になるか分からないけど、グレイグを生き返らせればいいんだ。



 どこかで見たことがある気がする。


 世界の魔力の総量より多くの魔力を使えば、人を甦らせることができると。


 そうだ。その手があった。


 私は手をポンっと叩き、自分の頭脳の明晰さに驚いた。


「ちょっと……我慢すればいいから」


 私はそう小さく呟いた。


 まずは王国の宝物庫からだ。


 そこには大量の魔石が保管されているはずだ。


 見つかったら国家反逆罪が適応され、永遠の苦しみが待っている。


 それでも、少しでも可能性があるのなら。



 私はゆっくりと王城へ向かって、歩き始めた。


「久しぶり。エイレン」


 その次の瞬間、聞き慣れた声が隣から聞こえてきた。


 心臓が飛び跳ねるような感覚に襲われる。


 この声は明らかにグレイグの声だった。


 死んだはずのグレイグの声だった。


 振り返ると、そこには五体満足のグレイグの姿があった。



 え……? あれ? 生きてたんだ……。

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