第14話 鬼幼女の豹変

「ど、どういう……ことだ?」


 俺は唐突に出現した謎のバリアに困惑する。


 なんだったんだ? あのバリアみたいなやつ……。


 アレンさんの渾身の一撃を弾くには、それこそとんでもない防御力が必要になるはずだ。


 そんな攻撃を、あのバリアは完璧に防いでしまった。


 まぁ言うまでもなく、あのバリアは俺の力じゃないだろう。


 じゃあ……誰がこんな魔法を?


「それは不滅種の加護じゃな。物理攻撃であれば、ほとんどの攻撃を無効化できるものじゃ」


 すると、後ろでその様子を楽しそうに見ていた鬼幼女がそう言った。


「不滅種の加護……?」


 俺は聞き慣れない単語に、思わずそう聞き返してしまう。


「ふふっ、まだ気づかないのか? つい数日前、都合良くSランクモンスターの攻撃から無傷で生還しただろう? そして、今も致命傷になりうるはずだった攻撃が弾かれた。あまりに何か都合が良すぎないか?」


 鬼幼女の言葉に、過去に記憶が蘇る。


 あの時、カニみたいなSランクモンスターに腹を貫かれた時の記憶。


 確かに……おかしかった。


 あそこで生き延びるのは、確実に不可能だ。


 腹を貫通してしまったあの攻撃は、どう考えても致命傷のはずだった。


 それなのに、俺は生き延びてしまった。


 そして、今回のアレスさんの攻撃も……普通なら致命傷になりうる攻撃だった。


「お前には何百何千もの加護をその体に刻まれている。それは互いに打ち消し合い、今まではほとんど機能していなかった。だから私が全てを正常に動くように直してやった。ふふっ、褒めてくれてもいいんじゃぞ?」


 鬼幼女は誇らしげな表情で、小さな胸をポンっと叩く。


「それは確かに有難いんですけど……どうして俺なんかに加護がそんなに刻まれているんですか?」


 俺は鬼幼女の発言の中で、一番気になることを尋ねた。


 そうだ。俺はただのモブなんだぞ?


 そんな易々と加護なんて与えられるものじゃないだろうし……。


「ふふっ、理由なんて簡単じゃろう。お前を手中に収めるためじゃ。それまで外敵に殺されてしまわないようにするためじゃな」


 鬼幼女は不気味な笑みを浮かべ、冷たい口調でそう言った。


 その表情はどこかで見たことがある気がした。


 不意にノア様のあの淀んだ瞳が脳裏を過ぎった。


 俺はモブとして普通に生活していたはずだ。


 それなのに、どうして、こんなことになっているんだ……?


 俺は過去に何をやらかしてしまったんだろうか?


 必死に過去に記憶を遡っても、頭の中が混乱して思い出せない。


 どうなってるんだ……。


「お前を狙う奴らは危険じゃ。あの勇者の娘もそうだ。少し様子がおかしかっただろう?」


「そ、それは……確かに……」


 鬼幼女は混乱する俺に、あまりに耳が痛い話をする。


「私はお前を無理に束縛したりはしない。それにお前の要望にはできる限り答えるし、お前が願うことならば、何でも叶えてやるぞ?」


 鬼幼女は真剣な眼差しで、俺のことを見つめる。


 その瞳はノア様のように澱んでおらず、ただそこには綺麗な琥珀色の瞳があった。


 この人なら……俺はモブとしてノア様の邪魔をすることなく、普通の生活が送れるのか?


 誰かに殺されかけることも無く、ただ平穏な日々を……。


「さぁ、手を取れ。そうすれば、お前を助けてやる」


 鬼幼女は小さな手のひらを広げ、俺の前に手を差し出した。


 何故か、頭がぼーっとして目の前の景色が歪んでいる気がする。


 いや、それでも、目の前に絶好の条件が転がっている。


 この人に着いていけば……良いはずだ。


 全ての問題は解決するはずなんだ。


「わ、分かりました……着いていきます」


 俺は鬼幼女の言われるがままに、差し出された手を取った。


「ふふっ、それじゃあ契約成立じゃな」


 鬼幼女は小さく笑うと、俺の首元に手をかけた。


 小さな手が首元に触れ、酷く冷たい感触が首元を伝った。


 その瞬間、ゾクッとするような悪寒が背中を走った。


 すると、次の瞬間、俺の首元には重く冷たい金属が出現する。


「え……? えっ!? こ、これ……!?」


 俺は困惑しつつも、俺の首元に現れた金属が首輪であることに気づいた。


 ずっしりと重く、黒光りする謎の金属で作られた首輪が、俺の首元にはあった。


「ふふっ、私は奴らとは違うからの。お前を必ず守ってやる。私と一緒にいるだけで、幸せにしてやるからな」


 鬼幼女は俺の頭を優しく撫でると、嬉しそうに笑みを咲かせた。


「私の名前はリリアじゃ。よろしく頼むぞ。我が伴侶よ」


 リリアと名乗った鬼幼女は、俺に付けられた首輪を愛でるように弄りながらそう言った。


 その瞳は虚ろに濁っていて、瞳孔に光は灯っていなかった。


 さっきまでの綺麗な光を宿した瞳は、すっかり何処かへ消えてしまったようだった。


 俺はノア様と同種の狂気を目の前に、心臓の鼓動が早くなっていく。


 あれ? おかしいな。悪くない条件だと思って手を取ったはずなのに……。


「り、リリアさん……? この首輪って……?」


 俺は震えそうな声を何とか誤魔化しながら、目の前のリリアにそう尋ねる。


「ふふっ、これで私とお前は永遠に結ばれたということじゃ。これでずっとずっと永遠に一緒にいれるな」


 リリアは両手で紅潮した頬を抑えながら、嬉しそうにそう言った。


 俺はノア様の異変から少しだけ距離を置きたかった。


 それだけなのに……それだけだったのに……。


 俺は底知れない恐怖を、目の前の幼女から感じ取る。


「ああ、お前はもう消えていいぞ」


 すると、リリアが急にゾッとするほど冷たい表情を見せ、指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間、俺の目の前にいたはずのアレスさんが消滅した。


「え……?」


 目の前で起きた異常事態に、全身の血の気が引き始める。


 目の前で人が……消えた……。


「よし。これで二人っきりじゃな。ふふっ、もう見失わないぞ」


 リリアはそう言うと、俺の体に抱きつき、猫のように体を擦り付けるように動かす。


 くすぐったい感触が全身を動き回り、何とも言えない感情が頭をパンクさせる。


 頭の中では、どうしてこうなったという言葉が何度も繰り返し、消えては浮かぶ。


 俺はどうして、のじゃロリ鬼幼女に懐かれているんだ……?


 俺はどうして、いつもヤバそうな女の子に束縛されるんだ……?


俺は頭を抱えながらも、くすぐったいリリアの感触を必死に耐えるしかなかった。

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