《声劇台本》その雨は誰が為に降る

和泉 ルイ

【BL】その雨は誰が為に降る

表記及び配役:男①雪:受け 男②八代:攻め


男①:雨を待っている。降りやまぬ雨を。街の喧騒も静かに零れる二人の息遣いでさえ、搔き消してしまう程の長雨を。


SE:鈴の音(チリーン、チリーンと二回程)

(童謡の通りに歌ってください)

男①:「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲―ます。指切っ…た。」


男①:座敷の窓から見える街は、今夜とて騒がしい。丸窓に付けられた格子から見る月は青白く、寂し気で。まだ冷たい夜風に当たりながら吐いた吐息が格子の合間を縫って空に解けていった。

男②:「やあやあ、今宵も粋な出迎えで」

男①:いつの間にやら来ていた今夜の客はゆったり寛ぐ座敷の空気に似合わないざっくばらんな話し方をする男だった。

男①:「ようこそ、おこしやす」

男①:と形ばかりの挨拶をすれば、そんなものは要らん要らんと手を振り笑う。この客は客とは言うもののただの友人で。男娼でもなければそれを買う趣味もない。ただの道楽が好きな男である。

男②:「んで、最近面白い客はいたか?」

男①:「おもろい客なあ…せや、一昨日のことなんやけど」

男①:おちょこが空けば酒を注ぎ、アテがなくなりゃ追加する。この男が来た日にゃ格子窓の隙間から見えるお月さんが呆れてしまう程、飲んだくれるのだ。

男①:「八代の方は最近なんや“ええこと”あったかいな」

男②:「“ええこと”なあ…仕事がうまいこと進んで、昇進に一歩近づいたくらいかな」

男①:「あの女はどうなったん。ほれ、大通りの茶屋の給仕にえらい別嬪さんがおる言うて」

男②:「やめろやめろ!ありゃあかん、化け狐じゃ。ちょっと金がありそうな男を見つけては食ろうて、見つけては食ろうて。ワシの職場の同僚の半分はいかれてたわ!」

男①:「半分も!(盛大な笑い声)そりゃあ悲惨な恋の末路で」

男②「恋じゃねえ!あんなもん引っかかる前に尻尾巻いて逃げてやったわ!」

男①:「逃げてんじゃねえか!」

男①:そんな軽口を言い合っていれば、お月さんはもう疾うに天辺で寛いでいらっしゃる。

男①:「なあ、八代は…」

男①:言いかけたものの、何を続けようとしたか自分でも解らず口を噤む。それを察してか否か、いやこの時のことはあまりにも朧気で。

男②:「なんだ、雪。そんな物憂げな顔をして」

男①:雪洞の灯が小さく揺れる。

男②:「なあ、雪よ。俺がなんで足繫く通っているか知っているか」

男①:「うまい酒とアテ目当てじゃねえの」

男②:「なあ、雪。俺の顔はお前の好みの顔だろう?お前好みのこの顔を、もう少し間近で見たいとは思わないか」

男①:八代の顔が雪洞の灯で陰る。酒やけしていつもより深く響く声が鼓膜を震わす。

SE:どさっと物が崩れる音

男②:「どうした雪。そんなもの欲しそうな顔をして」

男①:「…八代に上に乗られた日にゃあ、ぷつりと潰れてしまいそうやな」

男②:「デカいのは声と図体だけじゃあねえぜ?確かめてみるかい」

男①:ほら、と分厚い胸板から臍…その先へ手を誘われてしまう。振りほどくこともできる筈なのにただただそれに付き従ってしまう。

男①:「八代はこの俺でこんなにも興奮しちまうのかい。なんて物好きだ」

男②:「おっと、まだまだ強情なようだ。表情はこんなにも甘ったるいのにな」

男①:「顔なんて自分じゃ見えねえからな!」

男①:雪洞の灯が冷たい夜風に触れて消えた。明かりとなるものは天辺で見て見ぬふりをしているお月さんだけ。

男②:「とっとと俺に、堕ちちまえよ」

男①:…やけに低い囁きが耳にこべりついて。いつまでも…消えてくれないんや。


※場面変更

男②:雨を待っている。愛い人を世界から孤立させてしまえるほどの大雨を。

男②:「やあ、雪。調子はどうだい」

男②:座敷の襖をすっと開けて入ってみればなんとも不貞腐れた顔の雪。

男②:「どうしたどうした、そんな顔をして」

折角の別嬪さんが台無しじゃあないか。とおちゃらけて。

男①:「八代のせいだろうがよ…」

男②:「はて?俺がなにかしたかいのぉ」

男①:「八代が!お前が俺を組み敷いてヤることやったくせに!気付いた時にゃもぬけの殻!」

男②:「いやあ、よく寝てたもんで!」

男②:余韻もなにもあったもんやないと口を尖らせて文句を言う姿があまりにも愛らしくていじらしくて。

男②:「そんなに俺と居たかったんだな?可愛いやつめ」

男①:「違う!!勘違いするな、俺はお前が…別になかなか来なくて心配したとかやない」

男②:俺からは会いに行けないからな、と少し寂し気に呟く目の前の男に、たった一晩の情事で絆されてしまった可愛い男に思わず頬が緩んだ。

男②:「ほーら!そんなとこに突っ立ってないで座れ座れ」

男①:「まるでこの座敷の主人みたいにいうじゃねえか」

男②:「今夜は俺が主人だ!」

トントンと畳を叩いて着席を促せば…

男②:「…そこに座るのかい?」

男①:「あっ違っ!ま、間違えちまっただけだ」

男②:「お前はよその奴さんの膝の上に座るよう躾けられてんのか?」

男①:「そんなわけないだろ、俺は普段躾ける方だ」

男②:間違えたという割に膝に座ったまま項まで真っ赤に染めて。熟れて美味しそうな首筋に気付けば吸い付いていた。

男①:「ちょ、八代?!」

男②:この反応を見るためだけに数年通った甲斐があったと、男は満足げに笑うのだった。


※場面変更

SE:鈴の音(チリーン、チリーンと二回程)

(童謡の通りに歌ってください)

男①:「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲―ます。指切っ…た。」


男①:雨を待っていた。雨宿り代わりにまた此処へ足を運んでくれるのを期待して、男娼の男は座敷から見える丸窓格子の向こうを。ただ、ぼんやりと虚ろな目をして眺めていた。


男②:雨が降ってきた。お気に入りの蛇の目傘を広げて以前は足繫く通っていた店へ足を運ぶ。けれども。

男②:「そろそろ次の獲物を探す頃合いかいね」

男①:「ほかの奴さんみたいに、面倒だというて俺を、此処に置いていかないよな…なぁ、八代よ」

SE:鈴の音

男②:雨は今日も誰かのために。静かに誰かを濡らすのだろうか。


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