神隠しの夏

チャイムン

神隠しの夏

 神隠し。

 主に子供が突然姿を消す現象。

 永遠に帰らない場合と、思いもかけない場所で発見されたり自力で帰ってきたりする場合がある。


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 私はよく「いなくなる子供」だった。

 それまで"そこ"にいたのに一瞬の隙にいなくなる。

 大抵は近くで見つかったり、帰ってきたので家族は心配していなかったが祖父だけはただならぬものを懸念していた。


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【五歳】

 その夏、私は祖父と叔母達と従兄姉達の旅行に同行した。

 私は騒がしい叔母達や従兄姉達と旅行するよりも、祖母と静かな時間を楽しみたかったのだが、祖父が頑なに傍から離さなかった。

 祖父は夏の間中、私を近くに置きたがった。


 旅行先の温泉地でも、叔母達に私を決して任せず、手ずから世話をした。

 私の旅行着は祖父がこの日のためにあつらえた。紺色のスカートのプリーツから白が覗いて朝顔のようなノースリーブのワンピース、ひまわり柄のシフォンのパフ・スリーブのワンピース、淡い朱色に金襴の縁模様のAラインのキャミソール・ワンピース、白のジャンパー・ドレス。

 三泊四日の温泉保養地におよそ似つかわしくないものばかりだったし、従兄姉達はTシャツにデニムかハーフパンツだった。祖父は私に"きちんとした"服装をさせることを好んだ。


 従兄姉達は十歳から五歳年上が五人、叔母は三人。血縁ではあるが馴染みがなかったからだ。

 私は少々居心地が悪く、祖父の膝から離れなかった。

 そもそもこの旅行に私が同行すること自体がおかしいのだが、全面的に旅費を出している祖父が強行したのだ。


 事件が起こったのは三日目の早朝だった。

 従兄姉達が私を朝市に連れて行ってくれたのだ。

 祖父は孫である従兄姉達に「決して目を離さないように」ときつく言い含めた。


 従兄姉達は私から目を離さなかったと思う。


 しかし、私は消えたのだ。


 見つかったのは夕刻、日が沈みかけた頃。


 名所の大岩の下で、大きな桃の実を持って立っていた私を地元の人が保護した。


 その大岩は昔、妖怪を修験者が調伏したという伝説があるもので、急な斜面のほぼ頂上にあり、足元は染み出した水が流れており、五歳の子供がどうやって上ったものか誰も答えを見いだせなかった。

 結局、「子供は大人が驚くことをしでかすものだ」でおさめたそうだ。


 私の記憶は、従兄姉達の後ろを歩いた山道が最後だった。朝市に着いた記憶はない。

 体感はほんの数分だった。


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【六歳】

 その民宿は観光地化されていない海辺にあった。

 父の再従兄が経営しており、海は波が荒いが綺麗な水質だった。

 波が荒いことと、水温が冷たいこと、ウミノミが多くいるという理由で、私は海に入ることを禁じられていた。

 ここには私のしつこい小児喘息の治療の一環で訪れたのだ。


 昼間は近所の子供たちでそれなりに賑わい、父の再従兄の十五歳の息子「お兄ちゃん」がつきっきりで相手をしてくれたので、泳げずとも楽しい時間をすごした。

 三畳間ほどの大きさで二階建てほどの高さの「大黒岩(おおくろいわ)」と呼ばれる岩があった。

 天辺には細い松が数本生えた不思議な黒い岩だったが、波に洗われていくつもの穴が空いており、そこには小さなカニやゴカイがいた。


 朝はその「お兄ちゃん」が浜の散歩に連れて行ってくれる。


 朝ごと、お兄ちゃんは歓喜の声を上げた。早朝の浜の散歩に私と行くと毎日色んなものがとれるからだ。

 大きなカニがひっくり返っている、ウニが数個転がっている、大きなハマグリがゴロゴロいる等々。


 ある朝、私はまた「消えた」

 大黒岩を過ぎた時、お兄ちゃんが私と繋いでいる手からフッと感触が消えたそうだ。


 お兄ちゃんは大声で私を呼び、見つからないと悟ると家に走り捜索が始まったそうだ。


 私がみつかったのは三時間後。大黒岩の下で美しい貝殻を両腕からこぼれる程抱えていた。


 私がいたのは静かな浜だった。

 波は静かに凪ぎ、足元は砂ではなく見事に形を保った貝殻が敷き詰められたようだった。

 ほんの数分、そこにいただけだった。

 お兄ちゃんがいないことに気づいた私が「お兄ちゃん?」と呼ぶと、そこは大黒岩の下だった。


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【七歳】

 祖父は諦めなかった。

 山はいけない。海もいけない。


 前の冬は喘息がひどく、この夏はどうしても海風の当たるところか山で療養しなくてはならない。

 そこで海の近くの小高い丘の上に立つ古びた旅館を選んだ。

 二階の窓から海が見える。

 旅館に続く斜面は階段で調えられており、横道に迷うこともない。


 そこで私に許された行動範囲は、旅館の中と庭、そして中腹の踊り場のような場所までだった。

 私はそこが大好きだった。


 コンクリートで作った大き目の丸い水盤が据えてあり、十五センチほどのコメットが一匹優雅に泳いでいた。

 私は池や水槽の魚を見るのが大好きだった。

 その年入学した小学校でも、校長室前の池を休み時間中ずっと眺めて飽きず、教師たちが心配するほどだった。


 ある朝、日課になったコメットを見に行くと、水盤の向こうから水音が聞こえた。

 見やると、前の日には気づかなかった小道があったので進むと、石造りの大きな正方形の水盤が並んでいた。


 最初の水盤には通常よりも少し大きな錦鯉が十数匹泳いでいた。

 私は嬉しくなって隣の水盤も覗いた。

 そこにはさらに二回りほど大きな錦鯉が五匹。次の水盤はさらに大きな錦鯉が三匹。

 最後の水盤には三メートルはあろうかと思われる錦鯉が一匹、ゆったりと泳いでいた。


 嬉しくなった私は、旅館のおばさんに「どうやってこんなに大きく育てたのか」尋ねるために走り戻った。

 戻った旅館には祖父がいて驚いた。


 祖父はひしと私を抱きしめて

「まだ早かった!」

 と言ったのを覚えている。


 朝食前に出た私は午後に帰ってきたのだ。


 後に祖父は語った。


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 昔から"子供は七つまで神の内"と言って、いなくなったり命を失いやすかったりする存在だったのだ。

 お前はこの世と異界の境界が希薄で、何度も取られかけた。

 特に夏はいけない。

 夏は子供を欲しがるモノが多いのだよ。

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神隠しの夏 チャイムン @iafia

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