自転車自由主義

1/2初恋、あるいは最後の春休みの

自転車自由主義

 自分を信じて前へ進め!必要なのは反射神経、そして目力。時には歩道を、時には車道を、右でも左でも斜めでも、赤信号だってスイスイすり抜け、陸地すべてが庭と化す。世界で一番自由な乗り物。そう思っていた。

 自転車への弾圧が本格化したのは五、六年前。「悪質チャリは逝ってヨシ!」の政見放送でおなじみ、道路交通法を国民と守る党が、国政政党へと躍り出てからだ。まさかこの短期間に交通ルールひとつで身の危険を感じるようになるとは思いもよらなかったが、違反自転車ゼロを公約に掲げる彼らが市民権を得たことは、骨の髄まで奴隷根性が染み付いた大衆と彼らの愚劣さをガソリンに発火するバカどもを増長させるには十分だった。今やそこら中に警察ごっこで飯を食うYouTuberが獲物を狙ってウロチョロウロチョロ、おちおち路駐もできやしない。つい先日も、ほんの数分、百均の前に停めていただけで、仲間がリンチに遭ったばかりだ。病院からは「自業自得ですね(笑)」と受け入れ拒否されたし、明日には死んでるかもしれない。一体、この国の警察は何をしてるんだ!

 ~♩ 傘差し、イヤホン、無灯火(駐禁!)

 チケット切らずに(即排除~!)

 答え:何もしていない。街に流れるゴキゲンなミュージックを聴いての通り、違法駐輪車の排除は、外資系企業「除輪ジョリーン」の自動運転ショベルトラックに民間委託されている。勝手に取り締まってくれる善良な市民と淡々と仕事をこなすAIの前で、警察の出る幕はなかった。

 敵はもはや警察ではない。世の中の空気とそれに従い機能するシステムだ。少し昔、好きなところでタバコを吸わせろと訴える反嫌煙運動というものがあったが、あそこに参加していた文化人でさえ、誰一人として自転車の自由を守ろうとはしなかった。法律違反の擁護は流石にできないから、だそうだ。ケッ、除輪より九条が大事ってか。所詮ルールの範疇でしかものを考えられないのは、自称・先進的なインテリ様も善良な市民と同じだった。

 ~♩ ながらのスマホは危険~、危険~、危険~(タイホ!)

 ながらのスマホは危険~、ヘルメットして~ね~(タイホ~!)

 上品に生きましょうと訴えかける、下品なラッピング車は留まることを知らない。夜闇を彷徨う若者たちは、パシャリパシャリと面白がっている。電球に集うハエのように。ホントおめでたいやつらだ。これから起こることも知らずに。

「そろそろ始めるか」

 とあるビルの屋上、俺は一人呟き、テレグラムで仲間に呼びかける。

 ――日本中に潜伏する反自転車規制の同志たちよ。今こそ立ち上がるとき。作戦決行――

 匿名のレジスタンスへの合図と共に、全国の上空を回遊する飛行船から無数の自転車が飛び立っていく。札幌に、横浜に、名古屋に、梅田に、福岡に、そして渋谷に。この日のために準備した自転車マナー広告の飛行船は、駐禁自転車輸出事業で儲けた輪廻社のものだ。それがなぜ、反自転車規制軍の手にあるのかって?実は輪廻社は除輪に排除された違反自転車を回収する目的で立ち上げられた企業だからだ。表向きの看板を装うために、集めた自転車はやむ無く輸出することになったが、ベトナムやフィリピン、タイや台湾でのびのびと運転されていると思えば、供養にもなるってもんだ。それに虚偽の申告で誤魔化して保管している自転車も相当数ある。例えば、いま宙を舞っているのがまさにそれだ。

 コンクリートの大地に降り注ぐ自転車の雨は、地面に接した瞬間、ぐしゃりと崩れ落ちる。はい違反切符レッドカード。除輪のトラックはこれをすかさず察知。回収へと向かう。そこに人が集まることなど露知らず。ここスクランブル交差点にも、ショベルでうっかり排除された人々の阿鼻叫喚が響く。キャーキャーうるせえ、構うものか。俺たちが今までやられたことだ。街の治安のために戦っていたYouTuberたちも、誰がどうなろうと知ったものか、数字こそ正義とばかりに、パニックに陥った人波の方へカメラを向ける。邪魔者を一網打尽にするのは、ゴキブリホイホイにゴキブリを引っ掛けるぐらい簡単だった。

「それじゃ、楽しみますか」

 折りたたみ式自転車を小脇に抱え、ビルの階段を駆け下りながら、俺は両耳にイヤホンを突っ込む。もちろんカナル型、ノイズキャンセリング機能つきの。そして、LUNASEAの「Storm」を再生する。LUNASEAは、駐禁への怒りから、軍靴の足音を感じ取った偉大なミュージシャンSugizoが在籍していた伝説のバンドだ。当然その楽曲も、ネオファシズムへの怒りを芸術に昇華し、いつも我々を奮い立たせてくれる素晴らしいものばかりだった。

「フッ、ギラギラと輝いたこの街も悪くない」

 気づけば仲間の自転車もそこらを自由に駆けている。冷たい夜風に当たりながら、俺たちは秩序を失った道路を走り抜けた。ノーヘル傘差し無灯火で、信号なんか目もくれず。そして、今吹き荒れる安全な嵐の中、中指立ててこう叫んだ。

「チャリで来た!!!」

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