霧の幻影:Side 布施田仁良 3
「布施田……。さっきのは……」
良治が起き上がろうとするおれに、片を貸しながら訊く。
「分からない。だが……加藤さんはあの幽霊に攫われたのは事実だ。どうも、加藤さんは怪異を操ることができるようだが……それがこの街に怪異をもたらす事になったと……」
「……俄かには信じがたいが、あの菌糸の化け物が生物室の怪異たちに殺され、おれ達は一切襲われていないことから信じざるを得ないな。……だが、このことからは加藤さんが俺らに敵意を向けてはいないことも分かる……助けに行くしかないだろ?」
「……加藤さんは、虐められていたと言っていた……おれはそんなこと一切知らなかった。知らずに接していた。……それが悔しい」
「……俺も、気づいてやれなかった……」
「……」
八坂さん、免田さんも悲痛な面持ちで屋上に立っている。
そう言えば、先生はどこだろうか、彼女は加藤さんと八坂さんのクラス担任でもある……今回の責任もある訳だが、おれたちから見てもあの人は働きすぎ……複雑な感情だ。とにかく、どこへ行ったのだろうか。
「御代出先生は何処だ?」
免田さんが振り返り、周囲を見回す。
「あれ……さっきまでついてきていたのに……」
良治が顔を青くする。
「マジか……どうする、探すか?」
「とりあえず全員固まって動こう、変に分かれると更に面倒になる。何かあったら必ず言いだしてくれ……一応学校はくまなく回るが……おれは加藤さんを優先すべきだと思う」
おれの提案に良治が頷く。
「賛成だ。一応先生は俺と同じく強力なお守りを持っている。直接怪異らしき存在に連れてかれた加藤さんよりかは……多少はマシだ、見棄てはしないが」
他二人も頷き、おれ達は屋上を後にした。
ローラー式に各フロアの廊下を巡ったが、あの奇妙な菌糸の残骸と近くで立ち尽くす同じ姿の男たち以外には奇妙なものはない。そしておれたちが駐車場へと出ると、御代出先生の車が無くなっていることが分かった。
「一人でどこかに行ったのか? あの先生が?」
おれにはそれが信じられなかった。あの先生が職務放棄して一人逃げ帰るほど図々しい人だとは思えない。百舌鳥坂が応える。
「状況証拠的にはそうなる。……あるいは何か見たか、応援を呼びに行ったか」
その言葉に何か気付いたように八坂さんがおれに話す。
「応援……そうだ、私、家に書置き残したから、もし、父さんが読んでたらこっちに来てくれるかも」
「現職刑事は心強いが……来てくれるか?」
「分からない、この街の状況だと家に帰るのも難しいかもしれないから……もしかすると、もう……」
『キシャァアアアアアアアッ!』
「な、なんだ!?ッ」
その金切り声の先には、ぬらぬらと街灯に照らされた粘性のある液体に包まれ、大きな鰓と牙のある口、魚を思わせる頭を持った、二足歩行の、銛を持った、半魚人が二体……学校正面階段を上り、この駐車場へと入ってきていた。
その虚ろな目には俺たちの姿がくっきりと据えられている。
――これは一体なんだ?
『ベタベタベタベタ……』
奴らは僕たちに向かいヨタヨタと走り、銛の先を向け、振りかぶる。
「く、くらぇえっ!」
おれと良治はすかさず灰の入った小袋と水鉄砲を半魚人に向け放つ。
だが、奴らには全くそれが効いた風もなく、平然と銛を投げてくる。
『ヒュッ!』
『ドガッ……』
おれは突然横から、何者かにタックルを食らう。気づかなかった、誰か来ていた。おれを庇って……!
おれを庇ってタックルでどかしたのは30代くらいの男性。そして彼は、左の頬に銛をかすめた傷を負い、左耳から血を流していた。
すかさずその隣にいたトレンチコートの男が、包帯を巻いた拳で、半魚人に殴りかかる。
『ドカッドカッ』
彼の姿を見て免田さんが叫ぶ。
「兄貴!? どうしてここに?」
「お前おれの道具をくすねただろ! 態々こんなものくすねて深夜の学校探査なんて危なっかしいことをしてたら、調査のついでに寄りたくもなる! オラッ!」
『バキッ』
半魚人に馬乗りになって顔面を殴っている。
おれを庇った男もすぐに立ち上がり、半魚人の片割れへタックルをする。
よく見れば彼らは二人ともボロボロで、所々包帯などを巻いている。まさか、今まで街の怪異をこうして……。
『ベキベキベキッ!』
「よし……日隈のオッサン、耳大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと裂けただけ。こっちももう終わる」
二人は事務的に半魚人の首の骨や間接を折り、殺した。かなり手馴れている。
免田さんのお兄さんがゆっくりと立ち上がりながらこちらに話しかけてくる。
「……お前ら、計測山の反対に行け、下はもう車がないと無理だ。こいつ等や怪異で埋め尽くされている」
良治がすぐに質問する。
「計測山の反対って……なんで指定するんですか」
「それは……危険だからだ。この厄災の中心の一つがそこになっている」
免田さんのお兄さんは深刻な顔でそう告げる。
彼は……何を知っているんだ?
「おれたちはさっき部員の一人……加藤稲穂さんを青白い幽霊に連れ去られているんです。奴は計測山の方へ行った。厄災の中心ってのは奴のことですか?」
彼は更に眉間にしわを寄せ、答える。
「ああ、そうだ。……連れ去られたのは加藤稲穂さんと言ったな。彼女……文学館に通っていたのか」
「はい、そう言っていました」
納得したように彼は頷き返答する。
「おれは文学館で魔術に関する文献を幾つか読んだ。奇妙な本だ、大半は分からなかったが、日本語での補足メモなどが挟まっているものがあった。紙からして現代、最近のモノだろう。……それらは降霊術、呪い、拘束術、それと……『神の招来』に付いていた……おれの言っている『厄災』はその『神』のことだ……詳細は……その神についての話はあまり詳しくはいわないが、おれたちはその神の招来の儀式が野鳥平展望台、世界岬灯台、そして計測山展望台の三点を起点に行われることを突き止め、こちらに向かった」
……神? 儀式? ……この際それはいい、何より大事なのは……。
「――その儀式が怪異の原因、ということですか」
「そうだ。この半年間、この街に怪異があふれていたのは恐らくこのため……今日のためだ。……お前ら、とりあえずワゴンに乗れ、計測山に早く行かなきゃならん、間に合わなければ次は野鳥平だ……急ぐぞ」
日隈と呼ばれたおれを庇った男性が耳を布で抑えながら駐車場入り口に停まるワゴン車へと走る。
高校から計測山までは歩けば少し距離があるが、車で行けば十分程度で着く、ワゴン車内は血の付いた布や開かれた救急セットの箱、様々なオカルトグッツが転がっており、おれたち四人が入るには車内の割に少々狭かった。
途中舗装の悪い道もあり、揺れが激しい。
計測山駐車場に差し掛かる頃、日隈さんが四恩さんに呟いた。
「免田……蚕飼は……」
「おれら合わせてもあいつに勝てないくらいの男だ。白は。負けるはずない……そう信じるしかい、今はな」
「……」
日隈さんは不安な面持ちで駐車場へとワゴン車を入れる。
不穏な霧の中、おれ達四人は車で待つように言う大人二人を押しのけて計測山展望台へと向かう。
暗中を進み、靄を払い、展望台の階段へと昇る。
そこは、全く霧のない……雲海の上のような場所になっていた。満月が展望台の隅々を照らしている。
展望台の頂上、鉄板の床の上に、大学生くらいの、男性の死体があった。
「お前ら、そっちは……」
駆けつけた四恩さんと日隈さんは有り得ないと言った表情でその死体を見た。
「嘘だろ、蚕飼……」
「ハク……おい、ハク……」
免田さんが揺さぶる。何度も殴打されたように顔や体の一部が内出血で膨らみ、呼吸も見られず、血色も見えない。完全に死んでいる。
「……クソッ……」
眼下には果てしない雲海が広がり、その中に、三か所、霧が不自然に無い点があった。野鳥平、世界岬、そして、M市の湾の中、海には一切の霧がなく、そこには無数の……あの半魚人たちが、バベルの塔が如く、集まり、よじ登り、組み上がり、何か巨大なものを形成しようとしているのが、個々からでも容易に見て取れた。
あれが彼の言った、『儀式』。『神』の姿だというのだろうか。
(続く)
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