霧の幻影
霧の幻影:Side 布施田仁良 1
テレビの映りが悪く、スマホの電波状況もおかしい。なんでもM市全域で電波異常が起きているという。朝からの濃い霧とこうした情報の停滞によって、街には少々の混乱が起きているようだ。他のインフラには影響なく、災害というような状況でもない。むかし、停電になった時の方が色々と大変だったことを思い出しながら、おれと家族は普通の休日を過ごしていた。
夕方になり、おれは家を出てバス停へと向かう。母は心配していたが、無理もない。朝から続く濃霧は今でも勢いが変わらず、そして電波異常も続いているようだった。だが、しばらく前から予定していた深夜学校探査……それに幸田のこともある。おれが行かないわけにはいかない。
バスに乗って上島町の駅まで向かう。バスはがらんとしており、車通りは……妙に警察車両が多く見える。だが、霧のせいもあって他の道でどうなっているのかはわからない。
駅前のバス停で降りる。そのまま駅へ……駅の中は少々人だかりがある。
『事故により運転を見合わせております』
電光掲示板にはM市外へ向かう電車の運行停止が掲示されている。俺の乗る予定の電車はあるが……M市外へ出られないというのは、何か引っかかる。
切符を買う時、周囲の人の会話で気になることが耳に入った。
「道路もM市外への道が全部通行止めらしいぞ」
――山に囲まれたこの街は逃げ場のない檻のようだな。
ふとそんなことを思った。
おれは今までの出来事で感覚がマヒしているのかもしれない。いや、この街の人間全員がそうなっている筈だ。連日の行方不明。怪事件。怪死。事故。不祥事。エトセトラ……エトセトラ……。元々塞込んだような土地にそうした事態がゆっくりと重なり、慣れて行く。そして白い霧によって物事の多くは隠され、密かに、水面下で、何かが起きて行く。
おれ達は……それに慣れきっている人たちよか、マシな感覚を持っているのかもしれない。真実を見ているからこそ……。
行ったり来たりの思考を続け、霧の中電車に揺られ、終点で降りた時には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
M市駅のある中央から、誰も乗っていないバスで学校近所のバス停へ。
暗い霧の夜は、その靄の中にありもしない幻影を見るものだ。だから、道中に見た無数の瞳のような光や、妙な人影は偽物だと……そう、思いたい。
『プシュゥウウウウ……』
バスが着いた。おれは席を立ち、小銭を出しながら、出口へと向かう。
だが、出口は開かない。
まさか。
「次は終点、終点」
バスが動く。
おれは運転席へ駆ける。そこに居る運転手は顔面の皮がはがされ、血と肉に塗れ、目玉を剥いた状態で腕と脚だけが操り人形のようにぎこちなく動いていた。
――死体だ。
おれは躊躇なくその死体の頭に蹴りを入れる。
『ドチャッ!』
腕と脚はまだ動く。
おれは脚を踏みつけ、ブレーキを踏ませる。
『キキィイイイッ』
「次は終点、終点」
どこからか声がする。
だが、それどころではない。前方は壁、激突しかねない。
構わず、おれは死体の足の骨が折れる音を聞きながら足の上からブレーキを踏み、ハンドルを切る。
『ペキペキ……キィイイイイッ』
あわや横転、しかしバスはなんとか停まる。
「お前はこのままでは死ぬ」
ぐい、と死体が僕の襟元を掴み耳元で囁く。
「帰れ、さもなくば、死ぬ、帰れ、さもなくば」
おれは死体の顔面を殴る。
『ドチャァッ!』
「だからどうした」
おれは手についた血を拭い、小銭を料金箱に突っ込んで外に出る。
既にこの街は狂っている。なら、どこにいようと、何をしようと、変わりはない。
おれは約束を守る。
学校に着くと、駐車場で部の面々が不安な面持ちで集っていた。加藤さんだけがいない。
「布施田君……先生が……」
顧問の御代出先生が百舌鳥坂と話している。先生は少しやつれている様にも見えるが……まあ、朝から街がこんな状態なら無理もない。
「これは……俺の持っているお守りと似ている……これをどこで?」
「父のお守りよ。……これは一体、何なの?」
「俺も解りません。中央の喫茶店『ダニッチ』で、オーナーから10万円で買ったものです」
「……十万、というのは教員として聞き捨てならない発言ね」
「ああ、大丈夫です、ただ幾つかの小説賞で貰った小遣いなんで」
「……そう……まあ、いいわ、それよりも、布施田君」
先生がおれに振り向く。
「この街が今朝から電波状況や事故が多発しているのは分かっているよね? 今回の学校探査は悪いけれど中止、連絡ができないから現地集合に合わせて伝えることに……」
「さっき、おれの乗っていたバスが事故りました」
「え……?」
「バスの運転手は運転時から死んでいました。おれは死体を殴ってバスを止め、事故を最小限にして、ここに来ました……もう、安全な場所も、安全な帰り道もないんですよ。先生も知っている筈です。……その様子だと眠れてもいないんでしょう? 昨日も何かの怪異に遭った、そう言う顔です」
「それは……で、でも」
「おれはさっきのバスの怪異然り、この学校の怪異然り、全てを根絶したいんですよ。先生。……幸田を襲ったような怪異を一つ一つ解明して、究明して、倒して……倒せないにしても、皆に知らしめなくちゃいけない」
「それはあなたの仕事じゃ……」
「おれの使命です。おれたちの。警察はほとんど取り合わない。街の人は気にせずに『日常』を生きようとしている。そして殺される。……誰も見ようとしていない、こんな状況になっても! ……だからおれたちがやるしかないんです」
「……」
「ウワァアアアアアアアアアアアア!」
突然、学校の方から男性の叫び声がした。
おれ達は誰に言われるでもなく全員で学校の生徒玄関へと向かう。
おそらく、守衛の声。
――襲われたか?
「ひっ……」
そこには青白く発光する半透明な人間が玄関前の空中に漂い、その下では開かれた玄関の前にミイラのようなものが転がり、その周囲を囲うように気味の悪い、痩せた、夜闇を凝縮したような色の姿で、牛の角と蝙蝠の羽が生えた生き物が二体、立っていた。
青白い人間はそのまま消え去るかのような速度で山の方へと飛び去る。それを追うようにそれら黒い生き物も飛び去ってゆく。後に残ったのは警備員の服装をしたミイラのような死体だけだった。
「あ、あれは……一体」
『ガッシャアアン!』
校内にガラスが割れた音が響く、どうやら学校にはまだ何かがあるようだ……。
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