悪霊屋敷打毀すぜ!!!

 その片手は恐らくあの赤子に類するものを殺したのであろう、血がべっとりと着いているほか、多くの新しい生傷がよく見ればスーツのいたるところから見える。


 「……ちょっとした結界を張る、少し休みたい……その間に、君たちとも情報交換できる……」


 彼はそう言っておれたちの間を抜ける。驚くほど流麗な動き、非常に大柄で体格もよく、さらには満身創痍だというのに足音一つしない。

 彼は慣れた手つきで床を指でなぞり、紋章を描く動作をする。そして何かの呪文を一言唱えると地面に半径三メートルほどの紋章が浮かび上がる。


 「入れ、数十分は安全だ……」


 おれたちは黙ってその中へ入る。急に周囲が明るくなった気がする。


 「……オレはジョーンズ。ヴードゥー呪術師だ……」


 彼は懐から文字の書かれた包帯のようなものを取り出し、傷にあてがいながら語る。


 「オレは先程まであの老人……『陸別河』と名乗っていたな……と共に女の霊と対峙していたのだが、交代で休みつつ食い止めることになった。正直あれを祓うのはオレら二人では無理だ。特にオレは術の相性が悪い……」


 免田さんは自分たちの出せる情報を伝える。


 「地下に結界を張っている二人組が居る、後は……モヒカンとスーツの女もいたが別れた」


 「フム……常設型の結界術か? ……こんな場所で展開するとなると時限式でない限りこの屋敷の呪いを防護するのは難しい……他の奴らの気配も追えん。この屋敷は完全にあの女の霊の術中だ……お前は気づいているようだな」


 おれを見て彼はそう言った。確かに、こうした結界の外ではあの女の霊や周囲の人間に対する気配が妙に静かに感じられた。あの廊下の静けさも……おれにとっては妙な静けさだった。


 「……もうひとつ、今日ここに突入した人間の中に一人アッチ側と目される人間がいるはずだ。外に居た時は九人だったのが入った時には十人……一人増えていた」


 「……オレはこの屋敷に……目的があってきた、依頼とは別の目的だ……。外で見た『ズタ袋』の化け物、あれはヴードゥーの霊だ。名前は『アーソン・メディア』、オレの友人の敵。アメリカで名をはせた連続猟奇殺人の犯人だ……」


 「……復讐ってことか?」


 「ああ……だが今はそんな場合じゃない。アーソンに対抗できるレベルの霊がこの屋敷の女だ。さっき見たようにアーソンはバターのように人体を壊すことができる……こっちの霊はもっと回りくどい呪殺がお好みのようだが……少なくともこの屋敷の中はあの女のテリトリーだ。奴はあらゆる場所でポルターガイストを発生させたり、あの赤ん坊を産み落とせる……オレたちが引きつけていたために今まで奴の動きも少々鈍化していた、が……」


 彼はそう言うと突然、何かに気づきおれの方に何かを投げつける。


 「何!?」


 その何かはおれの顔をかすめて後ろへと行く。

 おれの後ろか!?

 投げられたものを目で追うようにおれは振り返る。

 そこには先程の赤ん坊……ではない、顔が……ジョーンズと共に行動していたという老人『陸別河』の顔とそっくりだ!


 結界の外、おれの一メートルほど後ろで床から湧き出るように、その巨大な赤子は上半身をよじっていた。下半身は床に一体化している……。そこにジョーンズの投げたものが当たる。


 『パァン!』


 赤子は粉々に消し飛んだ。その中心にはジョーンズの投げた黒い十字架が落ちている。


 「マズいな……陸別河が死んだ……大群が来る、あの女も……」


 「ひっ……ひぃい、ゆ、ゆか、床から!」


 狭霧さんの指さす方には床から顔を出す陸別河に似た顔の赤子……サイズは普通だが、数が多い、10、20、30……! リビングの床一面を覆う、生まれたばかりの血と体液に濡れた赤子の大群だ。


 「ああ……ああ……」


 生気のない嗚咽のような声をその赤子たちは漏らして、結界の縁へと這いずり、侵入を試みる。


 『ジュゥウウウウ……』


 「まだ結界は有効だが……これでは長くは持たない。用意しろ……」


 おれはバットをしっかりと握る。


 「狭霧さん……一応、これを……赤ん坊相手には効くだろう、気休めでも持っていてくれ」


 日隈さんは灰袋二つと聖水水鉄砲を彼女に渡す。受け取る彼女の表情は固定され、手は震えていた。

 おれたち四人は狭霧さんを囲うように周囲を警戒し、武装を構える。

赤ん坊たちは際限なく床や天井から湧き出て結界に触れ焼け死んでいく。いや、奴らは既に『死んでいる』のだろう。赤ん坊の顔は地下で見たものと陸別河老人のもの。同じような顔が並び気持ちが悪い。

来る。


 ――上!?

 おれは一人、上を仰ぎ見る。

 そこには天井からこちらを笑顔で見ている、あの女の霊……ああ、近くでよく見ればその異形の身体がよくわかる。

 上半身に腕はなく、無数の赤子が胴体に張り付き彼女の肉を貪っている、腐った臓器が見える。血に濡れた骨が見える。脚は多脚、8本はある、天井に蜘蛛のように張り付いている。顔だけだ、顔だけがさっき見たように普通の人間。穏やかな笑顔をした、整った顔立ちなのだ。肌は陶器のように艶やかで、だが、青白く冷たい。唇に血色はない。墨を引いたような漆黒の長い髪が垂れ下がっている。

 どうしてこんなに冷静に分析しているのか、それはおれが今、人生で最も死を確信しているからだろう。既に天井から何十匹もの赤子が絨毯爆撃のように降り注ぎ灼けずにおれの方へと、おそらく先のポルターガイストの要領でぶつけられている。一発ぐらいなら凌いだり、躱すこともできよう、だが、奴はおれを確実に殺しに来ている。奴がおれをじっと見つめて笑っているのがその証拠だ。

 おれは赤子の肉に窒息して死ぬ。

 確信めいたものがある。

 なら。

 おれは、このバットを振って。

 一矢報いるだけだ。

 やられっぱなしでどうする。

 おれはお前を恐れない。


 「オラァアッ!」


 『バチュッ!』


 目の前に迫る赤子を一匹、吹き飛ばす。

 それだけだ、今のおれができる抵抗は。

 たかだか数秒命が長くなっただけ、少なくとも三方向から巨大な赤子が俺に向かってぶつかってくる。その更に後方により速い速度での投擲……全部同時にぶつかる。

 バットを切り返して振っても、もう間に合わない。

 クソッ


 『ドガァアアアン!』


 壁が吹き飛ぶ、リビングの壁に穴が開き、外が見える。

 ジョーンズが咄嗟に壁に黒い十字架を投げたようだ。

 ――だが、なぜ?


 「UGAHHHHH!」


 壁の大穴からリビング内へ黒い影が飛び込んで、まっすぐこちら……いや、女の霊の方へと向かう。

 おれの方へ向けられていた赤子が軌道を急激に変更し全てその影へと向かう。

 その影の正体、ズタ袋の大男、アーソン・メディアと呼ばれていた化け物が凄まじい勢いで赤子たちとぶつかる。


 『バァン!』


 恐るべき破裂音、だがアーソンはそのまま女の霊にタックルを仕掛ける。


 「逃げるぞ! 急げ!」


 ジョーンズはそう言いながら廊下へ向け床を滑らせるように黒十字を投げる。一直線に赤子たちが灼け、扉が爆裂する。


 『ドガァアアン!』


 日隈さんが唖然としている狭霧さんを抱える。おれは日隈さんと免田さんの後ろで、あの霊二体の頂上決戦の被害に警戒しながらリビングを出る。


 「化け物二体、思った通り潰し合い始めたか! このまま位置を転々としつつ動向を伺おう……できれば他の面子とも合流したい、潰しあいの最中で、全員で叩けばまだ勝機はあるはずだ」


 ジョーンズはそう言い、廊下の奥へと向かおうとする。


 「きゃぁああああ!」


 叫び声……紹子の声か!


 「二階……? とりあえず向かうぞ」


 ジョーンズが先達して階段へと向かう。


 「歩けますか?」


 日隈さんは狭霧さんに訊く。


 「こ、腰が抜けて……すみません」


 「いえ、大丈夫です。白君、後ろを頼む、免田さん」


 「前は任せろ、急ぎつつも安全に行くぞ……」


 二階への廊下を移動中、散発的ながら床や壁から赤子が出現することがあった。おれのバットと免田さんの拳で湧いた途端に潰していった。

 二階、廊下の先でジョーンズが待っていた。


 「おそらくこの部屋だ……行くぞ」


 扉は軋みつつ開かれる。寝室……?

 暗い、遮光カーテンで灯りのない廊下以上に暗い。

 扉側の壁にもたれるように紹子となのったスーツの女がぴったりとくっついて、驚愕の表情のまま、向かいの壁の方を見ている。

 「……」


 その視線の先には何か大きな物体が……。


 「あ、ああ……」


 日隈さんに抱えられる狭霧さんがいち早くそれに気づいたようだ。


 「……無法田……!」


 無法田と名乗ったあのモヒカンの革ジャンが僅かな光で光沢を映していた。彼の身体は上半身のみ、下半身は無くなっていたほか、彼の『皮膚』が根こそぎなくなっていた。

 彼は肉の塊としてジワリと血をにじませている……。こんな風に完全に人間の皮膚が剥がれるものなのか?

 虚空を見つめる彼の表情は苦悶のままに固まっているように見えた。

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