みずを洗う。

國﨑本井

第1話

「あの、これ下さい」


「えっと、リボンは…赤でお願いします。」


「一時間後に取りに来ます」










大きなデパートをうろつく。20年前から欠かさず毎年通っている場所。


今年は平日なせいか、人も少しまばらなようだ。




去年まであった喫茶店のようなスペースはオシャレなコーヒーショップになり、学校終わりであろう学生がたむろしている。


やはり1年ぶりに来た大型デパートの変化それなりに多く、各箇所を見て寂しさを感じると共に関心をする。




別にこのデパートに特別思い入れがある訳では無い。


ただ1年に1度しか訪れない様な土地勘のない場所では、わかりやすく人が集まる大きめな商業施設にいたくなる。少しだけ落ち着ける気がするのだ。


そんなことがつもりも積もって20年。私がこの場所に来なかった年はなかった。皆勤賞だ。


さすがに20年も通い詰めれば愛着も湧いてしまう。






ここは好きな人が住む街。


毎年、この街まで来る。そこまではいい、でも結局意気地無しはこの人混みの中に逃げてきてしまう。


家の前まで行って結局逃げる。




始めはその人の家も分からず必死に歩き回って探した。話で聞いていたことを参考にしながら、たくさん歩き回った。


家の近くのお菓子屋さんの話とか、1番近いコンビニはどこかとか。まだあの人が私のことを嫌いになる前、たくさん話してくれたことを思い出しながら探した。




たとえストーカーでもいいから一言だけ自分の声をあの人に聞かせたくて、


どれだけ時間をかけても絶対に見つけ出して一言言わなきゃと、使命感にも似た感覚を抱えもした。


結構な覚悟をして探し始めたのに、


その家は案外あっさり見つかってしまった。拍子抜けしてしまうほどあっさり。好きな人に会う心の準備もでききらないまま、本当にあっさりと。




思わず逃げてしまって、でもその代償は大きく残ったようで翌年からの僕は余計に弱虫になってしまった。


結局、あの人の家のインターホンを押すことは出来ずにもう20年もたった。私はもうおばさん。


あの人もきっとおじさんになっている。結婚しているかもしれない、もしかしたら子供が出来て、お父さんなんかになっているかもしれない。




そもそも。20年もたってしまうと、本当にあの人が存在していたのかすらもうる覚えのような気もしてくる。体の良い夢でも見ていたのかもしれない。




そんなどうでもいいことを毎年考える。そんなこと何回思ったとて私は来年もここにいるのだろうから、こんなこといくら考えても意味などない。



そろそろ日も暮れてしまう頃。毎年デパートの一階、20年間ずっと同じ場所にあるお店に通う。


カランコロン、ドアを開けた時のこの音とこの甘い匂いは変わっていないらしい。


真っ直ぐ店員さんに向かう。




「ブルースターの花束をください」


この場所で20回目の注文。ただ今日いるのは新しい店員さんのようで「今日誕生日の方にプレゼントですか?」なんて聞かれてしまう。「ええ、そんなものです」私も随分と無難な返答ができるようになった。16歳の時は初めて花を買い、レジの前で待つ時間にどうしても落ち着かなくとてもソワソワしていた。


自分の変化を思い出しながらレジの前に移動する。




「〇〇円になります。ポイントカードはお持ちでしょうか。」綺麗なお財布の中、くたびれた紙がある


「これ使えますか?」少し申し訳なく思いつつそのくたびれた紙を出す。


「随分と古いカードですね。」定員さんは少し驚いたようにまじまじカードを眺める。


「1年以上ご使用がないとポイントは破棄になってしまうのですが…えーっと…少々お待ちくださいね」


普通こんな古いカードを見てここまで丁寧してくれるのか分からないがとても有難い。きっととても真面目な人なのだろうと感心する。






「あ!えーっと、これが最後のスタンプですね。」


少し考えものをしている間に店員さんは最後のスタンプを見つけたみたいだ。




「…この最後のスタンプの6月14日というのは今日ですか?」少し戸惑いながら問を投げかけてくる。


「あ、えっと…去年ですね」また少し申し訳ないと思いつつ答える。




「去年の今日ですか…これってセーフなんですかね……?」真剣に悩んでくれている。申し訳なさが再度募る。


「あ!よく見たらこれ全部6月14日ですね!?」とても大きな発見をしたみたいにキラキラと報告をするその人は、ポンとスタンプを押してくれた。


「じゃあきっとセーフですね!スタンプ押しときます」スタンプ問題を解決して、店員さんはとても満足げにカードを返してくれた。










「それにしても凄いですね!いち、にい、さん、よん……にじゅう!今日を入れてスタンプ20個、全部6月14日です!」


そう。今日でもう「20年目なんです。今日みたいに毎年通ってブルースターの花束を買っているんです。」


「住んでいるところが少し遠いのでこの日しか来ませんが、このお店にはもう20年もお世話になっているんです。」


「そうなんですか!?お得意様じゃないですか!」ほんとにこの店員さんはいい反応をする。




「この街に住んでいる人に片想いをしているんですよ。と言っても住んでいるって言ってたのは20年前で、もう住んでいるかなんて分かりませんが。」話してから初対面の人に話す内容ではなかったと少し後悔する。20年も片思いして会いに来るストーカーおばさんですなんて言いふらすことではなかった。




そんなこと気にしていないのか、気づいていないのか、気にする気がないのか。店員さんは続ける。


「分からないっていうのは、連絡取れないんですか?」不思議そうに聞く。




「20年前に嫌われてしまって、もう連絡は取れません。」


「そうなんですか…」申し訳なさそうな顔をしている。気を使わせてしまったなと反省。




「嫌われているのに20年も近くの街に通い続けて、結局会いに来ても怖くなって会わずじまいで20年ったちゃって…もういい時期だし、今年で諦めようと思います」また余計な話をしてしまった。




「諦めちゃうんですか?20年も好きだったのに……」残念そうな顔を向けられる。


いつものお婆さんじゃなかったけど、良い人でよかった。










「お花と、あとお話聞いてくれてありがとう。」


「はっはい!ありがとうございます!」ぺこりと丁寧にお辞儀を返される。






「もうすこしだけ、頑張ってみようかな、」扉に手をかけながら店員さんに振り返る。






少し照れくさい






でもその人は笑ってくれた。


「応援しています!」


とても喜んでくれたみたいだ。










そうだ。そうだよ。そうだった。


よく考えたら、今頃諦められるはずなどなかったわ。






あの子に釣られて私も笑う。










からんころんとドアがなって、甘い香りが薄くなった時、




目が合った。




知らない人と目が合った。












すたすたと私は進む。あの人から逃げるようにデパートの人混みをかき分けて進む。


いや、逃げるようにと言うまでもなく、きちんと逃げる。








追いかけてきた。










172cmくらい。顔が丸いせいか童顔に見えなくもない、が私よりひとつかふたつほど年上だろう印象。


今までの人生で10回くらいはすれ違っているのではないだろうかと思うほど何処にでもいそうなおじさん。


全然イケメンな訳じゃない。さらにおじさん。ぜんぜんこ好みのタイプじゃない。


それなのに、なんかかっこ良く見える。ちょっと意味わかんない。




逃げながらため息をつく。



一瞬でわかってしまった。20年間怖くて躊躇ってたのが一瞬で消えた…嬉しいけどなんか悔しい。






逃げる逃げるひたすら逃げる。




できるだけあの人の視界から消えられるようにして走る。


(※本来建物内はほかのお客様の迷惑にならぬよう、ゆっくりと移動しましょう)






少しまけただろうか。すぐ目の前視界に入ったお店に飛び込む。


「あの、もう出来てますか?」はあはあと肩で息をしながら店員さんに話しかける。


「はい、こちらですね」


「ありがとうございます」小さな紙袋を受け取り速攻で走り出す。






通路の影、ほんの少し前に見た顔。


見つかってしまったようで再度逃げる。




エスカレーターを駆け上がる。人をかき分け2階のドアから外に出る。


雨が降っている。どうしよう、これ以上…






屋根の下で立ち止まる。




立ち止まっていると後ろから大きな衝撃があった。


ドンと何かぶつかったようだ。












観念して口を開いた。






「初めまして。」


初めは私から。


初めて話した時もそうだった




「もっと早く会いたかった。」



一度口を開いたら止まらなく出てくる。20年もため込んでいたのだこんな少しこぼれることくらい勘弁してほしい。


「ねぇ、私もうおばさんになっちゃったわ、」


私の目の前のその人は混乱してるのか全然口を開かない。


でも私は止まらない。


「もう私が綺麗な時は終わっちゃった。もう会いたくなかったわ。もう諦めたかったのに。」








「ごめん」


久々に聞いた声は低かった。20年ぶりに聞く声だ。電話越しじゃなくて違和感ばかり、












「ねぇ。」




「うん」




「これは、




16歳の時に買ったものとは別の時計。


もっとずっと高くて、とてもいいもの。」




その人は何も言わず話を聞いてる。じゃー私はいっぱいいう。




「でも私が渡したかったのはこれじゃなかった。


お小遣いを貯めてやっと買った、とてもとても安い時計。」




やっぱりその人は黙ったまま。なら私も話すだけ。






「私ねストーカーなの。


何回も近くに行った。家の前まで行ったのよ?必死になってあなたの家を探した。」




でも結局インターホンなんて鳴らせなかった。ついに今日で20年。




会えないってわかってたのに、毎年あなたのこと考えて、渡せもしないプレゼントも今年できちんと20個目。




同級生は綺麗なお嫁さんを貰ってたわ。


とっても幸せそうっだった。




若い奥さんが着ていたウエディングドレスはとてもとてもきれいっだった。




もうこんなおばさん着れないけれど。


なんでいまごろ会っちゃったの?


なんで綺麗な奥さん連れていないの?


なんで左手は、空なの?


こんなおばさんが期待なんて出来ないのに…






「もう一度言うね。これは16歳の時に買ったのとは違う。ずっとずっと高くていいもの。




さっき選んで買ったもの。あの時みたいに何日もかけて、あなたのことを考えて一生懸命考えて、決めたものじゃない。お金以外もうなんにもないおばさんが選んだもの。その場しのぎの時計でしかない。




それでもいいなら、もしうけ取っ手くれるなら。




私はきっととても喜びます。














だから、もし良ければ」






「待って、おれに」


慌てて話を遮られる




「いやよ。」涙が溢れそうだ。赤い目がバレないように目を細くしてにらむ。


20年間ずっと、絶対に私の方が貴方を好いてた。




絶対に私が言う。


「あなたが好きよ」





だめだもう色々泣きそう。こんな時まで強がりな口調。
























1時間後に取りに来るわ。














時計をプレゼントされる意味わかる?






手錠もそうだけど、手首に付けるものってね、束縛の意味があるの。


手首だけの話ではないけれど、アクセサリーをプレゼントするのって、とても束縛を意味するわ。






ネックレスは首輪、指輪はそのままの意味でアンクレっとは足枷。ブレスレットは手錠。時計も同じような束縛の意味があるわ。それに時計は「あなたの時間を縛りたい。」特に強い束縛じゃないかしら。




あなたに着信拒否されて迷いもせずに時計を買ったわ。嫌われてしまっているなんてわかり切っていたのに。そして20年間ずっと渡せなかった時計はわたしのへやにある。






時計を買って、私は3月14日にあなたに会いたいなんて考えていた。


なんの日かわかる?円周率の日よ。




円周率ってね、ずっと終わらないの。ずっと。






ずっと貴方といたかったなんてその時は考えていた。そんなの無理なのに。




変わらず私はあなたを手に入れたかった。














私の綺麗な時はもうとっくに終わっちゃった。




会ったことない人をきちんと20年間好きだったなんて。私も大概おおかしな人ね。




20年も経てば印象なんて美化されまくっているわ。全然イケメンじゃないし思っていた感じと違うし、声もガラガラ。それでも一瞬であなただって分かったの。私超能力でもあるのかしら。

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みずを洗う。 國﨑本井 @kunisaki1374

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