第30話 初代勇者の神話

 馬車に乗り込み、運転を再開した。

 俺は御者台にルイズと一緒に座り、手綱を引いて馬を操っている。


「どうしようもない人達だったにゃー」

「ん。すごい疲れた。あんなのが勇者なんて最悪」


 フローラとエルフリーデが、御者台の後ろの方から、ウンザリした声を出す。


 まったくだなと頷いていると、御者台の隣に座るルイズが、俺に美しい黄金の瞳をむけた。


「先生、質問があるのですが……」

「なんだい?」

「そもそも勇者とは何なのでしょうか?」


ルイズの質問に、フローラとエルフリーデが興味深そうな光を瞳にたたえる。

 勇者について説明してあげた方が良さそうだ。


「簡単に言うと、『勇者』というのは『魔王』を倒す選ばれし存在なんだ」

「それは知ってるにゃー、確か勇者しか魔王を倒せないんでしょ?」

「ああ、伝承ではそう言われている」

「なぜ、勇者しか魔王を倒せないのでしょうか?」


 ルイズが、美しい顔に疑問符を浮かべる。


「良い着眼点だね」

「そ、そんな、先生に言われると照れてしまいます……」


 ルイズはなぜか嬉しそうにモジモジとした。


「勇者のみが魔王を倒せると言われている理由は、初代勇者の末裔であるからだと言われている。まあ、神話に属する話だから、真偽は定かではないけど……」


 俺が説明する。


 太古の昔、魔王は数多の邪悪な魔族や魔物を率いて、人間族と亜人族を奴隷にして支配していた。


 それを憐れんだ神々が、人間族と亜人族を救おうと決意した。

神々の中で最も強い『戦神せんしん』という男神おがみが、地上に派遣された。


 そして、戦神は人間族の中で最も強く美しいと呼ばれる乙女、聖女ノルンを選んだ。


 そして、戦神は聖女ノルンと交わり、1人の子供を産んだ。

 それが初代勇者だと言われている。


ちなみに聖女ノルンは処女受胎して、初代勇者を産んだとされている。


「カイン、処女受胎ってなに?」


 フローラが不思議そうな顔で尋ねてきた。

あっ、そこに食いついてきたか。

 しまったな、どう説明しよう……。


「フローラにはまだ早い。今度私が教える」


 エルフリーデが、フローラの喉を指で撫でた。


「うにゃー♪ 分かったよ」


 フローラが、喉をゴロゴロと鳴らしておさまる。

 助かった。

 ナイスだ。エルフリーデ。

頼もしいぞ、我が弟子よ。


「そんな訳で、初代勇者は戦神と聖女ノルンから生まれたので、半神半人だと言われている。そのせいで初代勇者はもの凄く強かった」


 俺が話を再開した。


 その後、初代勇者は人間族と亜人族の中から、強く頼もしい仲間を集めて魔王を倒した。


 そして、人間族と亜人族を解放した。


「そして、初代勇者は子供をつくり、その子孫たちは、戦神という神の血と、聖女ノルンの血を受け継いでいる。勇者ハーゲンも初代勇者の末裔だ。だから、あいつには神様と聖女、双方の血が、つまり半神半人である勇者の力を受け継いでいるんだ」 

「あの勇者が半神半人の英雄の末裔ですか……」


 ルイズが、納得が行かないという顔をした。


「半神半人の末裔の割には弱い」 


 エルフリーデが、容赦なく言った。


「うにゃー、エルフリーデの言うとおり、凄く弱かったにゃー。カインとハーゲンとの戦いを見ていたけど、カインは余裕で勝ってたよね?」

「いや、さっきも言ったけど、あくまで現段階では俺の方が強かったというだけの話しなんだ。ここでようやく、どうして、勇者ハーゲンしか魔王を倒せないか、という話しに繋がるんだけど……」


 当たり前の話だが、人間や亜人が戦闘能力を上げようとする場合、鍛錬によって強くなるのが一般的だ。


 鍛錬を重ねるとその人の才能や努力の質と量に比例して強くなる。


 だが、勇者ハーゲンは、一定レベルまで鍛錬を重ねると、戦神と聖女ノルンの力が『覚醒』して、圧倒的な力を得ると言われている。


その『覚醒』によって得た強さは、まさに人外の領域だという。


「ようするに、ある段階で突如覚醒して、信じられない程強くなるそうだ」


 それこそが、勇者の強みであり、魔王を倒せるのは勇者だけと言われている理由だ。


「つまり、戦神と聖女ノルンという強い先祖の血を受け継いでいるから、その力が『覚醒』すると?」

「伝承ではそう言われている」

「なんか眉唾だにゃー、それ本当なの?」


 フローラが、腕を組んで複雑そうな顔をする。

まあ、そう思うのは当然だよな。神話や伝承が真実である保証なんてないからな。


「フローラの気持ちも分かる。だが、歴代の勇者たち、つまり初代勇者の末裔たちが強かったのは事実だ」 


 古代から魔王は数百年おきに復活して、人類に敵対してきた。

 魔王を倒しても、次の魔王が必ず数百年後に誕生するのだ。

 その度、勇者が現れて、魔王を倒してきた。

 歴代の勇者たちは初代勇者の末裔たちであり、彼らが強かったのは間違いない。

 なにせ魔王を倒したぐらいだからな。


「だから、ハーゲンは世間から優遇されているんだ。なにせ魔王を倒してくれる『勇者』として認定されているから」


ハーゲンも初代勇者の末裔だから、世間から期待されるのは当然だろう。

 過去の勇者たちの実績が、そのままあいつへの期待値になっているというわけだ。


「師匠。『勇者』って、誰が認定するの?」


 エルフリーデが、俺の服の背中あたりをつまみ、クイクイとしながら言う。

なんか仕草が子供っぽいな。


星神せいしん教会だよ」


 星神教会は、この大陸最大の宗教だ。

 多神教を祭る宗教団体で、聖女ノルンも信仰の対象とされている。


「星神教会が、ハーゲンを勇者として認定しているのですか。『勇者』の権威とは相当なものですね」


ルイズが、長い銀髪を片手ですいた。


「あんなに性格の悪い人が、星神教会からお墨付きをもらっているの?


 宗教って良い人の集まりの筈でしょ? ハーゲンみたいな性格の悪い人が勇者なんて納得がいかないにゃー」


「同感」

「そうだな。まあ、今回の件で懲りて、少しは歪んだ性格が治れば良いんだけど……」


 俺はふと思う。


 ハーゲンの性格が、もしあのままなら、将来とんでもない大問題を引き起こすんじゃないだろうか?


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