第15話 その頃の勇者ハーゲンのパーティー

 勇者ハーゲンたちはダンジョンにいた。

 A級の魔物が出没する深層だ。

 勇者パーティーは全員、疲労困憊していた。

 全身から汗が流れ、身体が異様なほどに重く感じる。


「くそっ!」


 勇者ハーゲンは毒づいた。


 何もかもが上手くいかない……。


 金髪碧眼の勇者はイライラと親指の爪を噛んだ。


「す、少し休憩しない~?」 


 神官のアリアが、肩で息をしながら提案する。


「そうだな……」


 戦士グスタフが同意する。

 魔導師ベアトリスも疲れた顔で頷く。


 勇者ハーゲンたちは、車座になって保存食を食べ始めた。

 不味い干し肉と水を飲む。

 塩辛いだけの干し肉を勇者ハーゲンたちは無言で食べた。


干し肉のあまりの不味さに勇者たちの顔が陰る。

 保存用の干し肉は堅く、噛んでいる歯が折れそうだ。

干し肉を噛むだけで体力と精神が削れてくる。


「不味いですねぇ~」


 神官アリアがげんなりした顔で言う。


「……保存食だからな、もともと味は考慮されていない」


戦士グスタフが、低い声で言う。


「……カインの料理は美味しかったよなァ……」


 魔導師ベアトリスがポツリと呟く。


カインは料理が上手く、ダンジョンでも調理道具を持参して、彼らに美味しくて栄養のある料理をいつも提供していた。


勇者カインたちも調理道具や食材は持っているが、誰も料理ができなので豚に真珠だった。


「……あのクズの話をするな」


 勇者ハーゲンが、端正な顔に怒気を込める。


「ご、ごめん」


 魔導師ベアトリスが慌てて謝罪する。


「そもそも、お前ら女なのに、なんで料理が出来ないんだ?」


 戦士グスタフが、不満そうに言う。


「あ? 女なのに? 女は料理ができて当然ってこと~?」


 神官アリアが、怒りで顔を歪ませた。


「おい、グスタフ。それはあれかよ? アタシ達に喧嘩を売ってんのかァ?」


 魔導師ベアトリスが怒鳴る。


「あ、いや、すまない……。失言だった」 


 戦士グスタフは巨体を縮こませて謝罪する。


「よせ。喧嘩をしてもしょうがないだろう」


 勇者ハーゲンが、三人を止めた。

 神官アリアと魔導師ベアトリスが、不承不承、矛をおさめる。


 全員、黙々と干し肉を食べ始めた。

ひたすら暗く、気まずい時間が流れた。

 やがて、神官アリアが、口を開いた。



「ねぇ~? あの無能……、カインをパーティーに戻しませんか~?」

「何を言っているんだ、お前は?」


 勇者ハーゲンは、怒気をこめて碧眼をアリアに向ける。


「いや、ハーゲン。話し合う余地はあると思うぞ?」


 戦士グスタフが、神官アリアに味方した。


「アタシもそう思うよ。カインの奴を戻すことを検討するくらいは良いんじゃね?」


 魔導師ベアトリスさえも賛同し、勇者ハーゲンは不満そうに押し黙る。


「そもそも、あいつが抜けてから俺たちはどうも上手くいっていない。それは全員承知している筈だ」


 戦士グスタフが、首を振る。


「そうそう。雑務も増えましたしね~」


神官アリアが、眉根を揉んだ。


「あいつに補給や雑務を全部ヤラしていたからなァ。すげぇ、面倒だよね」


 魔導師ベアトリスが、うんざりした顔で言う。

 カインが在籍していた頃は、補給や雑務は全てカインが行っていた。


 冒険者として活動する際には、食料、医薬品、物資、装備品の用意が必要である。


どこかの街に移動するにしても、地理を頭に入れて、馬車や馬の手配などをしなくてはならない。 


 また財務の管理や帳簿をつけるなど、やるべき事は多岐に渡る。


 勇者ハーゲンたちは、それらを全てカインに丸投げしていたのだ。


いざ、カイン抜きで自分達でやってみるとあまりに面倒な作業で、ハーゲンたちは途方に暮れた。


「それに、どうにも戦闘中の連携が取りにくい……。カインが抜けて以来、コンビネーションが上手くいっていない」


 戦士グスタフが言う。


「そうねぇ~。正直、今日だけでも味方の魔法で死にかけたし……」


 神官アリアが、茶色い瞳を魔導師ベアトリスにむける。


「わ、悪かったよォ……。あれは確かにアタシの失敗だったよ……」


 魔導師ベアトリスが項垂れる。

 彼女は、2時間ほど前、戦闘中に魔法を放った。


 その魔法の射線上に味方がいて、危うく勇者ハーゲンと神官アリアを巻き込みそうになったのだ。


「……カインの野郎が、いつも後ろで指示をしていたけどさ。今日はアイツがいねぇし……。毎回、指示を飛ばして腹が立ったけどさ……、あいつの指示は的確だったんだなァ」


 魔導師ベアトリスが、髪をかいた。


「カインがいないせいで、ダンジョンで迷うしな」


 戦士グスタフの指摘通りダンジョンで迷い、余計な体力を消耗してしまった。

 今現在、彼らが疲労困憊しているのは、先程までダンジョンで迷っていたせいだ。

 いつもはカインに道案内をさせていたので、ダンジョンで迷う事など皆無だった。

 カインがいなくなった途端にダンジョンで迷子になったのだ。


「なあ、ハーゲン。どうだろうか? カインをパーティーに戻す事を考えても良いんじゃないか?」


 戦士グスタフが、金髪碧眼の勇者に懇願するような視線を送る。

 神官アリアと魔導師ベアトリスも、勇者ハーゲンを見た。


「……カインを追放すると俺が決めた時、お前らも賛同したじゃないか」


勇者ハーゲンが不機嫌な顔で言う。

 確かにその通りなので、戦士グスタフたちは気まずそうに視線をそらした。


「俺はカインをメンバーに戻してやるつもりはない」


 勇者ハーゲンは不機嫌な声を出すと、干し肉を囓った。

 戦士グスタフは首を振り、神官アリアと魔導師ベアトリスは吐息をついた。

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