第110話

 鍛冶場から流れる熱気が肌寒い季節にちょうどいい。リズミカルに鉄を叩く音が止むまでしばらく暖を取っていると、隣にあった資材置場から男性が出てくる。


「――あれ、聖人様じゃないですか? どうしたんですかこんなところで」


「宝石をプレゼント用にしたくてね。ここにいくといいって紹介されて、少し落ち着くまで待ってたんだ」


「そうだったんですか。そろそろ終わると思いますので、どうぞ入ってください」


 案内され中に入ると熱気が押し寄せる。待つように言われ、男性は親方と呼ばれていた大柄な男に話かけると何か指示を受け、交代するように男がこちらへやってくる。


「聖人様からの依頼とは腕がなるな! で、どれを加工したいんだ?」


「これなんですけど――」


 俺は木箱を開け宝石を見せると親方の目つきが変わった。


「こいつは……。聖人様、あの爺さんに何か言われなかったか?」


「ここにいけばよくしてくれるって、あとは店を畳むって言ってましたが、お爺さんとは仲がよかったんですか?」


「……少し、話をさせてくれ」


 俺たちは鍛冶場を出て応接室へ移動し、椅子に座ると親方は改めて木箱にある宝石をみた。


「俺がガキの頃、親父は爺さんから依頼があると鍛冶の合間に装飾品の作成をしててな。昔の話だが、二人は職人の間で頑固者として有名だった。腕は立つが気に入らない相手には貴族の依頼だろうと断っていたよ」


「そういえばあのお爺さんも、娘さんとよく喧嘩してたと言ってましたね。さすがに今回は折れたみたいですが」


「はっはっは! 俺もよく親父と喧嘩しては爺さんに愚痴をこぼしてたもんだ。――だがある日、事故で親父が死んだ。俺が鍛冶師としてやっと表に立ったときだ。親父のような実力もなく、このまま鍛冶場を閉めようと思ったとき、爺さんはこの宝石を俺に見せた」


 親方は木箱を触りながら、すっぽり収まった宝石をジッと眺め話を続けた。


「親父たちはこの国で一番の鍛冶師になったら最高の宝石を加工させてやると約束していたらしい。爺さんは、これが約束したこの国一番の宝石だと言っていた」


「お爺さんは約束をあなたに託したんですね」


「俺もそう思って、以来、ひたすら鉄と向き合ってきたつもりだった。だがどうやっても親父のようにはなれねぇ。それどころか見てわかる通り、鍛冶場を維持するので精一杯だ」


「でも、お爺さんはあなたに言えばよくしてくれると言ってました。どこか認めてる部分もあるんじゃないでしょうか?」


 親方は溜め息をつくと木箱のふたを閉め俺に返した。


「……店を閉める最後のお情けだろうよ。すまんが俺にこれは無理だ、ほかをあたってくれ」


 話が終わるとちょうど親方を呼びに男性が入ってきたため、俺は屋敷へ帰ることにした。







「うーん……うーーーん……」


 机に並べられた夕食を前に俺は悩んでいた。


 お爺さんは親方に宝石を加工させたくて俺を紹介したはずだ。情けだとしても大切な宝石を未熟な職人に任せるだろうか。


 それこそ、いくら知人の子供だろうと頑固者で知られるほどの人がそう簡単に――――。


「リッツさん、帰ってきてからずっと唸ってますが何かあったんでしょうか」


「兄さん、大丈夫よ。悩んでる余裕があるということは大した問題じゃないから」


「リッツ様は私がみているので、皆さんは先に召しあがっていてください」


 ――――


 ――


 つまり……本当に実力がないのか、俺自身が見て判断するしかないということだ!


「ふ~、ご馳走様でした~」


「――んっ? あれ、もうみんな食べたの!?」


「あなたを待ってる人がまだいるわよ」


 リヤンがお腹をさすりながら横をみる。


「……ニエ、なにしてんの?」


「リッツ様をみてました!」


 笑顔で俺をみてるニエの前には手つかずの夕飯があり、後ろからハリスがやってくる。


「リッツ様、ニエ様の分とご一緒に温め直してきましょうか」


「悪いがお願いするよ」


「まったく、出来立てを食わねば作ってくれた者に失礼だと言っていたのは誰だったかしら」


「すまん、ちょっと考え事をしててな」


 ハリスが俺たちの前から料理を運び始めるとウムトが立ち上がる。


「ハリスさん、僕も手伝います」


「兄さん、ついでにお茶をお願い~」


「リヤンはちょっとだけぬるめだったね」


 ハリスたちがでていっても相変わらずニエは笑顔で俺をみていた。

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