第109話

 棚には一つ一つ小さな入れ物に入った宝石が並べられている。ここは街にある宝石店の中でも古く小さな店だ。


 プレゼントなどしたこともない俺はリサーチした結果、宝石であれば間違いないという情報を得ることに成功した。


 大通りにある宝石店は大きくギラギラしているが、貴族御用達のため下手に見られるとマズい。


 それにプレゼントというのは気持ちが大事だとみんなが口を揃えて言っていたからな。


「ふぉっふぉっふぉ、久方ぶりの客かと思ったらまさか聖人様がいらっしゃるとは」


 掠れた声が聞こえ店の奥から腰の曲がった老人が出てくる。


「プレゼントには宝石がいいって聞いてきたんですが、どんなものがいいかわからなくて……よければ教えてもらえませんか」


「表にいけば立派な店がいくらでもあるじゃろう?」


「あんまり目立ちたくないというか、面倒になりそうなとこは避けたいんです」


「つまり、うちのようなちんけな店なら客もいないし、楽に買い物ができるだろうと?」


「ち、違います、そういう意味じゃなくてですね――」


 俺が慌てていると老人は棚から二つの宝石を取り机に並べた。


「儂にもプライドがあるからのぅ、試させてもらうぞぃ」


 並べられた宝石のうち一つは綺麗な形に仕上げられ透き通っている。もう一方はよくみると荒く削られたままで、中には小さな葉っぱの切れ端が入っていた。


「買うとすればお主はどちらを選ぶ?」


「俺はこっちのほうが好きですね」


「ほう……不純物の混じった宝石のほうが綺麗だと?」


「石の中に葉っぱが入ってるなんてすごいことじゃないですか。自然の凄さを感じるというか――そうだ、これなら師匠のプレゼントにも良さそうだな。あの、これ買います。おいくらですか?」


 石の中に葉が入ってるなんて滅多にないだろう、きっと師匠も喜んでくれるはずだ。


「お主、まさか本当にこれを買う気か?」


「えっ、もしかして売り物じゃありませんでした!?」


 良いものが見つかったとウキウキで硬貨を出そうとしていた手を止めると、店主は笑い出した。


「いや~すまん! 聖人様は本物だと聞いておったが噂通りのようじゃ、失敬した!」


「事情はわかりませんが……売ってもらえないんですか?」


「まぁ待ちなさい、宝石について教えてあげよう」


 そういえば何も知らないで買おうとしてたな、勢いってコワい……。


「宝石には見ての通り二種類あってな。不純物のないものほど高価な値が付き、逆にこういった混ざり物は酷いと値がつかんこともある」


「へ~、それじゃあこういう風に混ざってるのは珍しくもないんですね」


「特に多いというわけではないが価値で言えば邪魔になるだけじゃな。しかし、一つだけ例外がある」


 店主は裏に入っていくと綺麗な木箱を持ってくる。


 店主が箱を開けると、中には硬貨より一回り小さいサイズの宝石があった。その中には小さな一枚の葉が完全な形で残っている。


「こ……これはッ!」


「どうやらお気に召したようじゃな」


 お気に召したどころの話じゃなかった。


 まさか宝石の中に世界樹の葉が入っているとは……。


 呆気にとられていると店主が話を始める。


「こういった完璧な形で残ったものというのは滅多になくてな。これくらいになると価値がどうこうより、家宝や記念品として残される。これも儂の家に代々残されてきた一つじゃ」


「とても綺麗ですね~……」


「そうじゃろう、気に入ってもらえたか」


「はい、いいものを見せて頂きありがとうございます」


「よし、それじゃあこれをお主にプレゼントじゃ」


 …………んっ?


 何か聞き間違えたかなと思い店主を見るとニコニコしている。数秒か数分か、時が止まった気がした俺はやっと我に返った。


「ちょ、ちょーーーっと待ってください! これ大事なものなんですよね!? 売り物じゃないでしょう!? というかプレゼントって俺が探しにきたわけで――」


 若干パニックになりつつ説明していると店主が手を挙げ俺を制止した。


「まぁ話を聞きなさい。これは、お主に対する儂からできる唯一の礼なんじゃよ」


「お礼……ですか?」


 お爺さんを助けた覚えなんかまったくないぞ……。


「前にこの国で疫病が流行ったことがあったじゃろ。あのとき、儂の娘夫婦と子供が疫病にかかってな、もう尽くす手もないと言われておった。そのとき来たのがお主だったんじゃ」


「あれはティーナや村人たちの協力があってこそです。俺一人じゃみんなを救えたかどうか」


「……娘の子供はまだ赤子でな。薬もほとんど飲めずどうしようもなかったところを、聖人様が特別な薬を出してくれたと、娘たちは言っておった」


「ッ!!」


 まさかエリクサーを使っているのがバレたのか。


「心配せんでもえぇ、絶対に他言するなと念を押されとる。儂に教えた理由はいつか聖人様がきたら礼をしてほしいということだけじゃ」


「……そうですか」


 やはりあの場で使ったのはまずかった……心のうちが顔に出ていたのかはわからないが、店主は俺を見て苦笑する。


「お主が使った薬がなんだったのかは詮索せん。ただ、儂らからすれば奇跡だった。おかげであれ以来、喧嘩ばかりだった娘夫婦とも話をしてのぅ。いい加減、この店を畳もうと決心したんじゃ。だからその礼として受け取ってほしい」


「それなら娘さんや、子供のためにも残しておいたほうがいいんじゃないですか?」


「なぁに気にするな! 価値のわからんものに残したところで何にもならん! 生憎と娘はまったく興味がなくてな、そんなものよりもっと綺麗な宝石のほうがいいと聞かんのじゃ。孫も娘に似てくれば透明でピカピカのほうが好きじゃろうて!」


 店主は笑い出すと木箱の蓋を閉め俺に差し出した。


「わかりました、ありがたく頂戴します。代わりにこれを」


 俺は回復薬を渡す。


「ほ~こりゃ新しい家宝ができたわい!」


「いざとなったら使ってくださいよ。取っておいて死んだら元も子もないんですから」


「はっはっはっは! そうじゃ、プレゼントにすると言っておったな。ならばここから大通りを抜けてまっすぐ行った先にある鍛冶場へ行くとええ。儂からの紹介だと言えばよくしてくれるはずじゃ」


 俺はお爺さんに礼を言うと鍛冶場を目指した。


 道中、なんとなく自分のしたことが返ってきたのだと思うと、口の端が緩むのを止められなかった。

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