第105話

 暑かった日差しよりも徐々に寒さが勝り始めた頃、畑の一角にハウスが出来上がった。決して大きくはないが子供たちには十分な広さになっている。


 草は条件さえ整っていれば凄まじい速度で生えてくるため、むやみやたらに植えればいいというものでもないのだ。――条件が整ってなくても生えてくる強い奴らもいるが。


「これでひとまずは雪が降っても安心だな」


「なるほど、これで寒いときでも作物を育てることができるというわけですね」


 物珍しそうにハウスを眺めるウムトは徐々に記憶を取り戻していた。初めはパニックになりかけていたがやはり妹の存在が大きかったのだろう。


 リヤンが付きっきりで話をすると、これからどうするかはゆっくり考えていくということに落ち着いた。


 俺たちは詳しい話を聞いてないが別に詮索する気はない。今更過去のことをああだこうだと言っても仕方ないからな。


「昔はこういうのがなかったから大変だったろう?」


「そうですね……山に入って食べ物を探したり、あとは干し肉や保存食が頼りでした」


「兄さんは冬になるとよく食料を採ってきてくれてたわね、懐かしいわ」


「山にある食材って毒があるものも多いから大変だったんじゃないのか」


「兄さんのスキルは『鑑定』といって、対象の詳細を知ることができるのよ」


「めちゃくちゃ便利じゃん! エリクサーだって作れたんじゃないのか?」


「僕の鑑定はあくまで対象が何なのかを知れるだけで、リッツさんのように関係性のあるものまではわからないんです」


「でも不死の霊薬は作れたんだろ? そのときはどうしたんだ?」


 単純に疑問だったことが口から出るとウムトは苦笑いし顔を伏せる。


 やってしまった……。


「あー悪い! 不思議に思っただけで嫌なら話さなくていい!」


「待って、私も気になるわ。兄さんはなぜあのとき不死の霊薬を作ることができたの?」


 リヤンの視線に負けたのかウムトは観念したように溜め息をつく。


「あれは……奇跡だったんだ。僕はエリクシールが霊水によって花を咲かせることだけはわかっていた。しかし霊水がなんなのかもわからなければ、花にどんな効果があるのかもわからない。そしてリヤンが倒れたあのとき、涙に『鑑定』が反応してね。霊水ということがわかると僕はすぐさまエリクシールに与えて花を作った。それが不死の霊薬だった……というわけだ」


 リヤンを助けたい一心で動いた結果が実を結んだわけか。


 不死になってしまったこと自体は考えものだろうけど、俺だって同じ状況だったら迷わず使うだろう。


「兄さん、つまり……霊水は人の涙だったってこと? だけどそんなこと一度も――」


「正確に言うと人が死ぬ間際に流す最後の涙だよ」


 衝撃的な言葉に言葉を失う――奇跡という言葉で表すのは簡単だが、リヤンが助かったのはそれ以上の奇跡としか言いようがない。


 そんな俺たちにニエが柔らかい声を掛ける。


「何はともあれこうしてまた一緒にいられるんです。それだけで十分じゃないでしょうか」


「そうね。病も治ってここにいること自体、兄さんが作ってくれた奇跡なのかも知れないわ」


 一緒にいられるだけで十分か……。


 ニエの笑顔につられリヤンとウムトが顔を合わせると神獣も寄ってくる。呪いはまだ解けていないが、二人の時間はゆっくり進みそうだな。


「よし、そろそろ昼飯にして、午後からは前に話してた知り合いへ挨拶に行こう。俺も世話になってるし良い人たちばかりだから安心してくれ」


 食事が終わるとハリスに留守を頼み、俺たちはファーデン家に向かった。

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