第97話

 遠くにある数少ない木の天辺では、ニエがこちらに向かい両手に持った小さな旗を振っている。赤が異常あり、白がなし、赤を振りながら白を向けたらそっちに異常ありだ。


 地図を見る限りこの地点から後ろは街道があり、遠くには町や村も点在している。真後ろから攻められる可能性は少ないと考え、となればこの場所から扇状に左右前方を警戒するのが一番だろうということになった。


「隊長、配置完了しました!」


「装備も抜かりはないな?」


「はい、頂いた回復薬も一人につき二瓶、配り終えました!」


「よし、あとは時が来るのを待つだけだ。動きがあり次第、作戦通り行動するように」


 兵が敬礼し持ち場に戻ると隊長がこちらにやってくる。


「我々だけでどれほど力になれるかわからんが……よろしく頼むぞ」


「絶対に無理はさせないでくれよ。死にさえしなければ回復薬である程度は治る、足りなければいくらでも出すからな」


「先に心が折れてしまわぬか心配だな。無事に帰ることができたら私も含め、心身ともに鍛え直さねばならんだろう」


 隊長が溜め息をつくと後ろから貴族たちがやってくる。頭を痛そうに抑え完全に寝起きのようだ。


「痛ぅ~っ……まったく朝から騒がしいと思えば、いったい何をしている」


「魔物の襲撃があると情報が入った。先に布陣を敷けば対応もできるというもの」


「何を勝手なことを……まさかこの男の言うことを聞いたのか? 証拠も何もないという戯言を真に受けたと?」


「彼は『紅蓮の風』と面識がある。あなた方もその評判は知っているはずだ」


「あんなもの誇張された噂に過ぎないわ。お前は隊長という身分でありながら、評判で事を判断するのか?」


「そちらに関しては私に責がある――しかし、本来ここは迫りくる魔物を抑える重要な拠点となっているはず。今までのやり方に問題があるのは明白だろう」


「だからこそ我らが来てやっているのではないか。まともなスキルも持たぬ、頼りないお前たちに変わってな」


 自信満々に言うがスキルというのは単に適材適所があるというだけで、まともじゃないスキルというのはない。


 むしろ、戦いに向かないスキルでもこの国を守ろうと兵に志願した人たちは、良し悪しをスキルで決めてしまう目の前の貴族たちよりも数倍頼もしいわけだ。


 笑い合ってる貴族に対し隊長はわなわなと拳を震えさせると食って掛かる。


「我らに力が足りぬのは百も承知……。だがここで防がねば幾人もの民が犠牲になるというのに、揃いも揃って酒盛りなど何様のつもりか! 恥を知れぇいッ!!」


 まったくの正論だった。最前線となる場所でこの体たらくは一瞬で命取りだ。


「た、たかが兵の分際で何を言うか!」


「我らは王に仕えているのだ! 私利私欲のためにしか動けぬのであれば後ろにでも籠っていればよい!!」


 王まで出された貴族たちは何か言いたそうにしていたが後方のテントに引き返していった。


「……お見苦しいところをお見せした。これからくることを考えれば協力の一つでも乞いたいところであったが……」


「いいや、あれじゃあ足手まといだ。むしろあんたの勇姿をほかの兵にも見せてやりたいよ」


「はっはっは、それならばこれからいくらでもお見せすることができるからな。君に後れを取らぬよう私も精一杯やらせてもらう」


「欲に駆られること だけはやめてくれよ、報酬がでるとも限らないんだから」


「金目当てであればこんなとこにはおらんよ。もっとも、ほかの者はわからぬが――」


 ごもっともだとばかりに隊長と一緒に苦笑すると俺たちは持ち場へと移動する。


 しばらく待つとついにニエが何かに反応し赤い旗を上げた。

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