第84話

「ごめんなさい……私が目を離さなければ……!」


「落ち着いて。この人混みだしただの迷子かもしれない」


 シスターが泣き崩れる横では、俺より年上だが『紅蓮の風』の中で一番の若手、騎士のような鎧を着たクラーツさんが立っていた。


「…………すまない。俺の落ち度だ」


 シスターはゆっくりと首を振る。


「あの子はクラーツさんのようにみんなを助けるんだって言ってたんです……。だからこれくらい一人で行けるっていって……」


「…………そうか」


 沈黙した空気が流れるがまだ何かがあったというわけじゃない。


「お昼まで一緒だったのは間違いないんですね?」


「はい……みんなで昼食を取って、午後のイベントで差し上げる薬草をチェックしてたんです。そのとき男性が訪ねてきて仲間が怪我をしたから薬草を分けてほしいと――あげたらお礼をしたいから品を取りに来てくれと言われたんです」


「それでその子が行ったわけか」


「男の身なりに不自然な点はなかった。だから行かせたのだがこれが仇になるとは……」


「そんなの師匠やウェッジさんでもなければ無理ですって。とにかくアンジェロに匂いを追わせてみましょう」


「ワフッ!」


 アンジェロが任せろと言わんばかりに地面を嗅ぎ始める。


「ニエ、リヤンを連れて兵にこのことを伝えてくれ。あとは上からどこかに子供がいないか探してほしい」


「わかりました! リヤンさん、頑張りましょう!」


「ぐぬっ、ニエと一緒か……。仕方ない、あっちは私たちに任せておけ」


 ニエはリヤンと手を繋ぎ持ち場の高台へ駆けていく。シスターには戻ってもらい、俺たちは子供の行方を追った。







「ワフッ」


「――この辺りか」


 目の前には商人たちが倉庫として使っている建物がいくつかあった。祭りの最中とはいえ、僅かながら人や馬車が荷物を運び行き来している。


「こんなところに子供が一人で来るわけないよな」


「そうですね、それに匂いがここで消えてるってことは……」


 一つの可能性が現実味を帯びていき、誘拐という文字が俺たちの頭に浮かぶ。正直、祭りの騒ぎに乗じると言ってもこのタイミングは無謀過ぎる。裏を掻くとか、そういうレベルじゃない。


 となれば考えられるのは協力者の存在、もしくは――。


「あの、わざわざこんなところに起こしとは何かお探しでしょうか」


「失礼、この辺りで子供をみなかったか?」


「はて……ここは男の子が遊ぶような場所などありませんし今は祭りの最中ですからね。こんなところに来るより、街にいたほうが楽しいと思いますよ」


「それもそうだな……。街に戻ってみることにしよう、手間をかけた」


「いえいえ、私も早く祭りを楽しみたいものですよ」


 男性は笑いながら去って行くと俺はクラーツさんと目を合わせ頷いた。


 ――――


 ――


 暗い倉庫内、たくさんの木箱が積まれており先ほどの男性が木箱を運んでいる。


「ワフッ!」


「ッ!?」


 脇に一つだけ置いてある木箱の横でアンジェロが吠えた。


「――そこに隠していたか」


「聖人様!? な、なぜこんなところに、街へお戻りになられたのでは……」


「俺は別に戻るなんて言ってない。それより、そこにある箱の中身を確認させてもらおうか」


 男性は俺とアンジェロを交互に見るとすぐさま観念したように膝をつく。木箱を開けると男の子はぐっすりと眠っているようだった。


「おい、この子に何をした」


「ね、眠り薬を飲ませただけです! 決して危害は与えておりません!」


 男性が言うように男の子は何か夢を見ているのか僅かに口を動かした。


 呼吸も異常はないな。ちょうどいい、起こす前に色々聞き出すか。


「わかってるとは思うがお前のしたことは大罪だ。なぜこんなことをした?」


 男は黙り込み、涼しい季節とは裏腹に汗を浮かべている。


「…………命令されたんです。誰でもいいから教会関係者を誘拐しろって……」


「誰に言われた? 目的はなんだ?」


「……彼らは『リモン商会』と名乗っていました。詳しい目的は分かりませんが、教会の薬草をすべて頂くと言っておりました」


「なぜそんな命令に従った。兵に相談すれば力にもなってくれたはずだ」


「誰かに話せば妻と娘の命はないと言われ……。私の妻は病で薬を定期的に飲まねばならず、協力すれば多額の報酬をやると言われたんです……」


「……人質か」


 人の弱みにつけこむとは、『リモン商会』、師匠に報告だな。


「――――、最後までダメな父親で悪かった」


 男性は消えるような声で誰かの名前を口ずさむと、小さな小瓶を取り出し一気に飲み干した。手から瓶が落ちると男性は胸を押さえ苦しみ始めた。


「ぐっ……ううっぅうぅ……!」


「これは――お前、毒を飲んだのか!?」


 瓶から僅かに零れ落ちた液体にスキルが反応する。素材の中には少量で死に至る毒草が交じっていた。


「うぅぅ……聖人……様、どうか……妻と娘を……」


 最後の頼みというように男性が俺をみた瞬間、俺はすぐさまエリクサーを取り出し男性へ飲ませた。男性の体は柔らかい光に包まれたが、治ると悲しみに満ちた目で俺をみた。


「な、なぜ死なせてくれなかっ」


「誰がお前の代わりになんかなるか! ……まだ生きてるのに、お前が死んだら誰が家族を守るんだ!」


 怒りが混じった俺の言葉に男性は言葉を返さず、手で顔を覆い静かに泣き始めた。

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