第78話
山がすっかり紅葉に染まると日の落ちる早さが季節の変わり目を知らせた。
街では収穫祭に向け飾り付けが進み、屋台の準備など、連日朝早くから人々が忙しなく動いている。
「リッツ様、本日はお申し付け通り馬車をご用意しております。いつでも出発のご準備はできておりますのでご要望があればお呼びください」
「よし、それじゃ今日はリヤンが留守番をするからハリスも一緒に同行してくれ」
「私が……ですか?」
「こうみえてもあなたよりずっと長く生きてるのよ。それとも、私じゃ役不足にみえる?」
リヤンが堂々とハリスに向かって立っているがまるで孫に付き合わされたお爺さんだ。
「滅相もございません、それではすぐに支度を致します」
「あまり急ぎでもないからゆっくりでいいぞ。準備ができたら馬車まで来てくれ」
俺たちは支度を済ませ馬車に乗った。
「本日はどちらに向かうご予定で?」
「すまんがそれは秘密だ。ハリスにとって忘れられない日になるかもしれないぞ」
「は、はぁ……」
ニヤニヤが止まらない俺たちを乗せ、馬車は見慣れた屋敷の前に停車した。
「話は通してあるからついて来てくれ」
馬車を降りると俺は先導して屋敷の客室へ向かった。
「お待ちしておりました、リッツ様」
「バトラさん、今日はありがとうございます」
「いえいえ、これほど素晴らしい日を作って頂いたこと、旦那様含め皆様がお喜びになっております。――もちろん、あの方々には秘密ですが」
バトラさんがニヤリと笑う。
いい顔をするじゃないか……。
「ふふふふ、それじゃ時間まで少し待たせてもらいますかね。ハリスも椅子に座ってゆっくりしてくれ。難しいと思うが今日は俺たちのことは気にせず、一人の客人としていてほしい」
「え、えぇ」
返事はしたもののハリスはやはり執事である癖が抜けないのか、周りに対しずっと注意を向けているようだった。
しばらくするとアンジェロが何かに反応しバタバタと誰かが廊下を走る音が近づいてくる。
「お嬢様、もう少しお静かにお願いします」
「この靴じゃ無理よ! それにお客様をお待たせするわけにいかないでしょう!」
バトラさんが俺の顔をみると立ち上がり扉の前に立った。ハリスに声をかけ、バトラさんの少し横に立つよう指示する。
静かになると部屋にノックの音が響く。バトラさんがゆっくり扉を開けると淑女の作法でもならってきたのか、綺麗な服を身に纏い肩で息をするティーナと相変わらず変わらない姿のエレナさんが入ってきた。
「おかえりなさいませ、ティーナお嬢様」
「遅くなってしまいごめんなさい。お客様は……ってあれ、リッツさんにニエさん?」
ニエが笑顔で手を振ると、俺は無言でティーナに向かって横を見るように指で示す。
「? ……ッ! ハリス……!」
「ティーナ様……」
ハリスは声でなんとなく察していたようだがティーナは口を開けたまま俺をみる。
「ハリス、ティーナの手を取りたいならそうすればいい。ティーナもだ、ここに再会を邪魔する人はいないよ」
俺をみたハリスはゆっくりとティーナに手を伸ばしたが、ティーナは手の間に飛び込んだ。
「ハリス、元気そうで何よりでした……っ」
「……ティーナ様も……とてもお綺麗なお姿になられて……」
二人の姿を見ていたエレナさんが俺をみる。
「いったいどうやって……」
「詳しいことは後だ。エレナさんにとっても悪いことじゃないだろ?」
これはあくまで俺の予想でしかないが、バトラさんが前に言ったように、エレナさんはハリスに指導されていたのは間違いないと思う。
レブラント家で二人が会ったとき、あんな態度をしたのはエレナさんがハリスから教えられたことを貫こうとした結果……だからこそあのときのエレナさんは一切私情を挟もうとしなかった。
「まったくあなたって人は……」
エレナさんは軽く溜め息をすると顔を緩ませた。
どうやら当たりだったみたいだな。
「リッツ様、そろそろほかの皆さんにも挨拶へ行きましょう!」
「そうだな、ハリスはゆっくり寛いでいてくれ」
「私は皆様のお飲み物をご用意致しますのでしばらくお待ちください」
ティーナたち三人を部屋に残すと俺たちは部屋をでた。
「どうやら上手くいったようですな」
「はい、バトラさんも協力してくれてありがとうございました」
「ご相談されたときは驚きましたよ。本当にそのようなことがあるのかと」
「正直俺もびっくりしてたんですけどね――っと、そこにいるのは誰かな?」
不自然に開いた部屋の中から気配がする。
「ワン! ワン!」
「神獣様……お静かに……!」
やれやれといった様子でバトラさんが扉を開けると使用人が数人隠れていた。
「あっ……」
「まったく、こんなところに隠れて何をしているのですか。そんなに気になるのであれば堂々と聞けばいいものを」
「い、いやーこんなこと普通あるわけないじゃないですかー」
「そうですよ、急にティーナ様の怒号が聞こえたらどうしようかと思い心配で……」
「それで、その声は聞こえましたか?」
バトラさんがいうと使用人たちは顔を合わせ首を振った。
「ならば早くお茶菓子の用意をするよう皆に伝えなさい」
「は、はいいいぃぃッ!!」
使用人たちは元気よく返事をすると大喜びで廊下を走っていった。
「はっはっは、面白い人たちですね」
「貴族の世界では評判の悪い者たちばかりですよ。旦那様や奥様が生きる場を与えてくれたのです。そんな奥様をティーナお嬢様は身を挺して守ってくださりました。それが使用人全員の心を掴んだのです」
「本人が聞いたらそのつもりはなかったって言い張るだろうなぁ。だが、それでもあのときの選択が今の運命を引き寄せた……だろ?」
歩きながらニエをみるといつもの笑顔で頷く。
「そしてそれを護ったのは――ほかの誰でもない、リッツ様です」
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