第77話
鍛錬場にある木で作られたカカシを前に俺は呼吸を整えた。
力みを抜き相手の芯を打ち抜く――。
「ふぅ…………せいッ!!」
カカシの背中が吹き飛ぶと師匠が確認にくる。
「どれどれ――なるほど……リッツ、あなたはどう思う?」
「表面に亀裂がはいっちゃってますし、これじゃあ無理やりぶち抜いたようにみえます。師匠の技というより真似事をしただけですね」
師匠が手本を見せたカカシはパッと見で何も起きてないが、後ろに周ると内側から爆破されたようになっている。
うーん……威力は仕方ないとしても、あと一歩が遠いんだよなぁ……。
二つのカカシを見比べていると俺と同じように倒れていた団員たちが目を覚ます。
「ッ!? み、みんな大変だ……起きるんだ! リッツの野郎が技を学んでる!」
「ま、まずいぞ。あんなもの組み手で試されたらさすがの俺たちも無事じゃ済まねぇ!」
みんなが騒ぎ出すと扉が開かれシリウスが入ってきた。
「なにやら声がすると思ったらここにいたか。ちょうどよい、皆に話がある」
ユリウスはすぐさま膝をつこうとしたがシリウスは手を挙げ止めるとこちらに歩いてくる。
「リッツ、もうじき収穫祭が始まるのは知っているか?」
「数日かけて街でやるイベントだろ。村人も集めて豊作を祝うんだったよな」
「そうだ。だが今回は疫病にファーデン家襲撃、魔物の襲来と様々な問題が起きた。未だ不安が残るのは否めない。そこで君たちには兵と一緒に周辺の警戒や内部に不審な人物がいないか見てほしいのだ」
「私たちのような外の人間が一緒では彼らが嫌がるのではないか?」
師匠の言う通り、今の『紅蓮の風』は国に仕える騎士団ではない。言ってしまえばただの傭兵集団と変わらないのだ。対して国に仕える兵は己の仕事にプライドを持っているから、ぶつかることは間違いないだろう。
「それに関しては心配いらん。今、兵たちの間で聖人を育てたのは『紅蓮の風』だという噂が広まっておる。才色兼備の団長を筆頭に人気は上昇中だ」
シリウスの言葉で団員たちがざわざわとする。
「確かに団長は女神のような美貌だが……」
「中には悪魔が潜んでいるからな……」
「神は間違えた二物を与えたんじゃないか……?」
ひそひそとした声が俺にまで聞こえてるが師匠はまったく気にした様子はなく、シリウスと話を続ける。
「――よし、ならば私たちは兵と協力して警備にあたろう」
「報酬は終わってから出させてもらうよ。以前は手薄になったところを突かれた。民の信用を失ってしまいかねないため、今回は大変だろうが十分注意してほしい」
「わかった、当日の警備に関してはまた後日相談する」
話が終わるとシリウスは去っていった。
「さてと――リッツ、私から一つアドバイスをあげましょう」
「ッ!?」
師匠がアドバイスをくれるだと!? 本来であれば受けて憶えろ、それでもダメなら考えろ、そしてもう一度技を喰らえというスタイルなのに……!
本当に思い悩んでるときは稀に教えてくれたが滅多なことではありえないのだ。
「いい? あなたは打撃から起きる衝撃――要はエネルギーを相手の中に通そうと意識しすぎているのよ。だから中に入るというよりは内を通り過ぎていってしまう」
師匠はとても優しい口調でわかりやすく、カカシを見比べて説明する。
「そうなんです! だから、そこさえ分かれば俺にもできるはずなんですが……さすがに師匠の口から答えをいう訳にはいきませんよね」
俺が笑って返すと師匠はニッコリと笑顔を作り俺の手をとった。
「まずは直線のエネルギーを螺旋に変えるのよ。ほら、水を掻き混ぜると中心になるほど小さな渦ができていくでしょ? あそこが水の中で一番エネルギーが集まってる証拠なの。だから同じ回転を加えてそれを中に置くイメージ――ほら」
師匠が俺の手をカカシに触れさせると自分の手を重ねておいた。そして一瞬力を加えたかと思うとカカシが破壊された。
俺の手にはまったく衝撃がない……いや、揺れのようなものを一瞬だけ感じた。
「……なるほど、そういうことだったのか!」
俺は今の感覚を忘れないようすぐに近くにあるカカシに手を置く。
「小さな螺旋……その奥にエネルギーを集める――ふッ!!」
カカシの後ろが吹き飛ぶと表面には一切傷がついていない。
「やった……!」
何度か繰り返して精度をあげれば実戦でも使えそうだ。拳を握りしめ成功を感じていると師匠が拍手をした。
「おめでとう。これでまた一つ成長したわね」
「はい! ですが今回は師匠の教えがあったからこそ……もっと精進します」
「いい心掛けよ。それじゃあ実戦に向けて練習をしましょうか」
「えっ」
「ほら、あっちにちょうど防具を身に纏って、暇を持て余している人たちがいるじゃない」
師匠が団員を見るとみんなが慌てふためく。
「だ、団長! リッツが成功したんだし今日のところはこの辺で……!」
「あら、リッツの目には私が女神に見えてるはずだわ。可愛い弟子のためだもの、それくらいしなきゃいけないでしょう?」
確かに普段の師匠なら今日一日は倒れっぱなしで起きる事も困難だっただろう。それがこれほど早く技を伝授してもらえて、且つ模擬戦をさせてくれるといっているのだ。
これに甘えてはいけないが、目の前に転がる好機をみすみす見逃すのも失礼というもの。
「よし……皆さん、最後まで付き合ってもらいますよ!!」
「ま、待てリッツ! それは悪魔の囁きだ、落ち着くんだ!」
「大丈夫、回復薬はちゃんとあります!」
「そうじゃない! ……くそ、やるならスキルを使って――」
「リッツがスキルを使ってないのに、まさかスキルを使おうなんて輩が『紅蓮の風』にいるのかしらねぇ。私は臆病者を育ててしまっていたのかしら……」
「ッ!!」
師匠がわざとらしく目じりに手を添える。俺と師匠がじりじりと詰め寄っていくと意を決したように団員が構えた。
「くそがああああああああ覚悟しろよリッツ!!」
「皆さん、胸をお借りします!」
――鍛錬場が静かになると長い時間、男たちの呻き声ともとれる嗚咽が聞こえていた。
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