第67話

 中に入り、リヤンがスイッチを押すと明かりが自動で点き始め、広い空間を照らしていく。


 俺たちの前に現れたのは数人は乗れるであろう中型の変わった船だった。


「なんでこんなところに船が……」


「リッツ様、これってアーティファクトなんじゃないでしょうか」


「そんなわけ……いや、まさかな……」


 船をぐるりと見渡すと変わった模様が入っていた。


「この模様、ルガータの持っていた板と同じだ」


「ということはお空を飛ぶんですかね?」


「はははは、そんなまさか! たぶんここは昔、海の上だったんだ。だけど何かの拍子で海が今の位置に下がって置きっぱなしになったんだよ」


 島でも昔は海の底にあったところもあるって、来るときの船で船長が言ってたしな。


 一通り見て歩くとリヤンがやってくる。


「さて、だいたい予想がついたと思うけどこれはアーティファクトよ」


 アーティファクトと言えば、俺が持ってるマジックバッグや壊れない認証付き宝箱とか色々聞いたことがあるけど、大きさや性能に違いはあれどここまで大きいのは聞いたことがない。


「広い海でもこのくらいなら十分使えそうだな」


「何を言ってるの? これは遥か昔、人々が空を飛んで大陸を渡るために作ったのよ」


「…………はっ?」


「やったー! リッツ様、正解したので何かご褒美をください!」


 隣でニエは笑顔で手を合わせているが、俺の頭では目の前の船が空を飛んでいる場面を想像しようと必死にフル回転していた。


 船が空を……いやいや、意味がわからない。


「不思議に思わなかった? 数あるアーティファクト、そのどれもが現代では不要なほどの性能を持っていることに」


「利便性を上げるために昔から作られてたんじゃないの」


「その理由なら数ももっと多く、せめて製造方法が残っていてもよかったんじゃない?」


「うーん……それじゃあアーティファクトってのはいったい何なんだ」


「穢れに覆われた世界で人々が生きるために生み出した産物だよ」


「あ、あのお伽話が本当だっていうのか!?」


「正確には神などおらず、私たち一族の者が聖域を作ったといえばいいかしら」


 ありえないどころの話じゃないぞ……。


「二、ニエは知ってた?」


「いいえ、私も初めて聞きました。しかしリヤンさんの言葉には納得できるものがあります。聖域について私はどこにあるか存じませんが、なぜか神様が作ったというわりに、ところどころ綻びがあるように感じていましたので」


 ニエがどこか納得したように頷いている。


「そ、それじゃあ神獣はどうなんだ? 神が創ったって――」


「混沌の時代に神獣はすでに生息していたのよ。己が生きるために穢れを浄化する力はすでに持っていて、それを人々は神の産物として崇め、共に生活することにした」


「ってことは、アンジェロの祖先は遥か遠い時代から生きていたってことか」


「ワフッ!」


 呼ばれたと思い寄ってきたアンジェロを撫でる。


 こいつめちゃくちゃ大先輩じゃん、着飾らせたほうがいいかな……。


「さ、ここまで知って守護者でもあるあなたはこれからどうするつもり?」


「いや急にそう言われても……」


 ニエをみるが無言の笑顔で返された。俺のしたいようにしろってやつだろう。


 ん-……話がでか過ぎてよくわからんが、とにかく今やるべきことと言えば――。


「とりあえずリヤンの兄を助けてやらなきゃいけないだろ。あいつ、穢れを持っていたし二人の呪いだってエリクシールを解呪できれば解けるはずだ」


「兄はあなたを殺そうとしたのよ。そんな相手を助ける必要があると思うの?」


「あのときは俺だけじゃなかった。もし仲間に何かあったら俺もここにいなかっただろう。だがあいつは俺だけを狙った……たぶんだけど、どこかで迷っているのかもしれない。復讐すべきは人なのか、この世界なのかと――」


 穢れは人から生まれ地に落ちる、ならば混沌の世こそ真実ではないのか――少年がニエに言い残した言葉――俺たちの知らない真実を彼もまた知っているのかもしれないが、今の俺にはそんなこと知るすべもないしな。


「――とまぁ大層なことを言ったが単純に困ってるヤツを助けたいだけだ。前回は不意を突かれたが二度目は負けないしな。それに彼は一人じゃない、こうしてリヤンがいる。それだけでも十分だろ。そっからの難しいことは二人で考えてくれよ」


「リッツ様、いつも通りその場に任せる作戦ですね!」


「その言い方じゃ俺がバカみたいじゃないか……。もっといい感じに、呪われた兄妹を呪縛から解き放とう作戦なんてどうだ」


「わぁ、そのまんまですね!」


 リヤンが俺たちをみて溜め息を吐く。


「あんたたちには緊張感というものがないの……」


「あるぞ!」


「はい!」


「ワフッ!」


 いい返事を返した俺たちをみてリヤンは笑い出した。


「まったく……リッツ、一つ聞くがもし不死になれるとしたらどうする」


「どうもしないよ? 不死なんて興味ないし」


 死ぬことができなくなっちゃったらみんなに会うこともできなくなるからな。


「お主はどうだ? 永遠の命だぞ。その美貌を持ったまま過ごせるのだ。年老いて醜くなればリッツはお主を見限るやもしれんぞ」


 リヤンはニエに向かって不死である自分の姿を見せる。


「私はリッツ様と一緒に居れればそれでいいので。リッツ様が振り向くような姿になれるのであればすぐにでもほしいのですが、年老いて見限られる頃にはリッツ様もお爺さんになってるでしょうし。私が介護しているかもしれませんね!」


「こ、恐いこというなよ……」


 ニエが不穏なことを笑顔で言うと、リヤンは一押しとばかり口を出す。


「リッツが先に死ぬことだってあるだろう。ならば、自分が死ぬまでずっとそのままでいてほしいとは思わないか?」


「リッツ様がそれを望むのであれば。私は死という抗えない最後をいくつも見て来ました。順番は違えど私やリッツ様にもいつかはきます。だからこそ、今をこうして生きられるのです」


「ニエもこう言ってるし、エリクシールをどうするかは事が片付いてからそっちで決めてくれ。俺たちはリヤンの兄を探して助ける、それだけだ」


「そう……。兄を探すなら私もついていくわ」


「ルガータのほうは大丈夫なのか」


「元々勝手に居候させてもらっていただけだからね。それにあいつは金に困ってない、使用人の一人でも雇えと言っておけばいい」


 それならそれでいいんだが、問題は俺のほうだ。


「俺の知り合いはちょっと変なのが多くてさ……大丈夫かな」


「お主ら以上に変な奴など面白そうじゃないか。是非見てみたいものだ」


「そりゃあ結構……とりあえず今日は帰るか。頭を使いすぎたから甘い物が食べたい」


「そういえば町で見掛けたのですが、この辺りは草を使った甘味が多くあるようですよ」


「何ッ!? よし、今からでも遅くはない。町へ向かおう!」


 溜め息をするリヤンを急かし、俺たちは甘味処へ向かった。

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