第11話

「ッ!? と、止まれ! 止まれーーー!」


 街の入り口で番兵が両手を振り馬車を止める。


「こ、これはいったい何事だ!?」


「兵隊さん! 俺たちゃ急ぎなんだ、入れてくれ!」


「街は疫病だらけだ。拡大を防ぐためにも理由がなければ入れることはできん」


「その薬を持ってきたんだよ!」


「医者すら手が出せないというのに薬があるわけないだろう!」


 外から言い争う声が聞こえるとティーナが身を乗り出した。


「驚かせてしまってすみません! 私はティーナ・レブラント、ファーデン家へ嫁ぐためこちらにくる矢先、疫病が発生したとお聞きし薬をお持ちしました!」


「レブラント? そういえば使いが来たら知らせろと――」


「そんなことより今は一刻を争う状況なんです! どうかここを通してください!!」


「わ、わかりました。中は酷い状態です……お気をつけて」


 街に入るとあちこちで人が倒れている。


「おい、しっかりしろ」


 倒れていた男性に薬を飲ませると変色していた体はすぐに元通りになっていく。


「あれ、俺は……」


「もう大丈夫、薬を持ってきたから安心してくれ」


「あ、ありがとうございます! あ、あの、教会に重病者が集められていて私の妻もそこに……どうかお助けください!」


「わかった、なんとかしてみる」


 広場に止められた馬車を中心に村人たちが薬を配り始めている。


 ここは任せても大丈夫みたいだな。


「ティーナ、教会に重病者が集められているらしい。俺はそっちへ向かう!」


「ワン!」


 アンジェロが駆け寄ってくるとティーナはしっかりと頷いた。


「わかりました! こちらが落ち着いたらすぐに私たちも向かいます!」


 教会の扉を開けると大勢の人が寝かされ、手当てをしていたシスターがこちらに気付く。


「どなたですか……ここは危険です。早く……出ていってください」


 俺を追い出そうと訴えるシスターの顔はすでに変色していた。


 この人……よくこの状態で……。


「薬を持ってきた! あなたもすぐにこれを飲んでくれ!」


「特効薬はないはず……それに、ここにはもう手の施しようのない方々でいっぱいです……」


「大丈夫、これは絶対に治る! 怪しいモノじゃない、えーっとこの薬は――美味いッ!」


 薬を飲み干した俺を、シスターは眉間にしわを寄せたままジッとみる。


 くそ、今一つ信用してもらえないか!


「ワンッ!!!!」


 アンジェロの声が教会に響く。


 なんだ……今、一瞬何かが変わったような――。


「い、今の気配は神獣様!? ま、まさか……あなたは聖人様なのですか!?」


 聖人……? なんのことか知らんが――。


「とにかくこれを飲んでくれ、飲めば助かるんだ!」


「これが神の思し召しなのですね……最後までお仕えして、本当によかった……」


 シスターは涙を流し、俺から薬を受け取ると一気に飲み干した。


「――――あれっ? か、体が……奇跡でしょうか……」


「よし、このまま全員治すぞ!」


「は、はい!」


――――


――


「ふー、これで最後だな」


「本当に……治ったんだ……!」


「奇跡よ、聖人様が奇跡を起こしてくださったのよ!」


 教会に歓喜の声が響くとみんなは俺に向かって頭を下げる。


 そんなたいそれたものじゃないんだがな。


「皆さん、ほかに病気の人がいれば街の広場に集めてください。そこで薬を配っています」


 一通り説明を終えるとアンジェロと広場へ戻る。


「ティーナ、教会のほうはもう大丈夫だ」


「えっ、もうですか!?」


 やはり量だけならこっちのほうが多いみたいだな。


「俺もすぐ手伝う、何をすればいい?」


 ティーナに指示を仰ごうとしているとエレナさんが走ってくる。


「お嬢様大変です! リッツさんもちょうどよかった、すぐに来てください!」


 エレナさんの後を追うとその先では赤子を抱えた夫婦がいた。


「エレナ、いったいどうしたの?」


「お嬢様、この赤子はもう薬をほとんど飲み込めない状態で、私たちではどうにも……」


「お願いです! どうか、どうかこの子をお助け下さい!」


 懇願されたティーナは一歩後退る。


「そ、そんな…………リッツさん! 何か方法はないですか!?」


 あるにはあるが……あれは……。


「ワン! ワン!」


 アンジェロが俺の眼をジッと見つめてくる。


 そうだな、ここで使わずにどこで使うというんだ。


「みんなに一つお願いがある、今からみせる薬だけは絶対に他言しないでくれ」


 俺は鞄からエリクサーを取り出すと数滴だけ赤子に飲ませた。

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