葬式帰りにまた彼女に出会う

暇人音H型

葬式帰り

彼女が死んだ。

朝には既に心臓が止まっていたらしい。

彼女とは僕が大学2回生の時に出会った。

それから社会人となり、同棲はしていないもののそれなりに仲良く暮らしていた。

そんなおり、彼女は死んだ。


僕が彼女の死を知ったのはスマホ、携帯に見知らぬ番号から着信があったからだった。

彼女の両親は生前の彼女から僕の携帯の番号を聞いていたわけではなく、僕の携帯番号を書いた手紙があったらしい。

僕は仕事関係の人からの連絡かとすぐさま折り返した。


亡くなったという話を聞いた時は駅前に居たのだが、周りの音が聞こえなくなった。

響くのはセミの鳴き声だけ、雑踏の人の声はただのひとつもきこえない。

真夏のうだるような暑さとセミの声だけ。


彼女のお父さん、お母さん、弟、祖父、祖母と僕は面識がなかった。

僕は彼女の友人とも面識はなかった。

すべて彼女の話の中にだけ出てくる人物という印象。


けれども存外簡単に僕は彼ら彼女らと顔を合わせることとなる。

彼女の葬式で。

葬儀と言っても僕に連絡が来た頃には彼女は火葬前だった。

関係者と言っても、彼女以外とつながりはなかったのだから当然だ。


黒、黒、黒。

僕も黒い服に身を包み、火葬に参列する。

彼女の両親も、友人も暗い顔をしている。

僕はこういう時にどういう顔をすればいいのか、わからない。


彼女が死んだと、信じろというのだろうか。

無理な話だ。

バカな話をして、酒を飲み、いつものようにまたねと別れただけなのに。


火葬の前に、骨になってしまう前に、彼女の両親・友人たちは各々彼女に語り掛ける。

どうにも僕はそこに入っていけずに少し後ろの方から彼女の顔を覗き込む、フリをしていた。

確認してしまえば、本当に認めてしまうことになるような気がしたから。

涙のひとつもでていないから。

『彼女の遺体』を直視することができないまま、僕は全てに対して目を逸らしていた。

逸らしている。


『彼女の遺体』は次に出会う時には『骨』になっている。

それは、彼女なのだろうか。

そもそも僕は彼女であると確認していないのだ。

とても気分が悪くなってきた。腹の底から胃液の酸味がかった味が口に広がる。


彼女の両親や友人達には非常に失礼になってしまうが、ここで胃の中身を戻してしまうわけにもいかないだろう。

僕は彼女のお父さんにあたる人物に声をかけた。

可憐なというといささか美化しすぎかもしれないが、かわいらしかった彼女の面影はその父には全くない。

彼女曰く目元はお父さん似らしいが、それもサングラスのせいでわからない。

高身長でかなり肩幅が広い。更に坊主という風貌。

ヤがつく職業と言われても驚きはしない。


「すみません、気分が悪くなってしまいまして。少し席を外してもよいでしょうか」

「...ずいぶん酷い顔色だね」

力なく彼女の父は言った。

それはそうだ。

最愛の娘が亡くなったのだから、覇気がないのは当然のことであろう。


僕はいつも通りだけれど。


「いえそんな」

ご家族の前で、僕は何も言えない。

彼女という繋がりがなければ完全に赤の他人でしかないのだから。


「辛いのなら、先に帰っても大丈夫だよ」

優しい声色だった。

僕を気遣ってのことだろうと感じさせるそんな声色だった。

確かに胃の中身をまき散らすわけにもいかない。


「すみません...先に失礼します」

ぺこりと軽く会釈をし、その場を後にしようとしたところに一枚の手紙を差し出された。

「これ、君が読むべきだと思うから渡しておくから」


ゆっくりとその手紙を受け取り僕は火葬場を後にした。

手紙を読む気はさらさらなかった。



電車に乗って火葬場を離れてからしばらくすると体調が戻ってきた気がした。

調子は相変わらずよくないけれど。

家に帰る気がおきない僕は、途中で海の近くの駅で降りて防波堤を少し歩くことにした。


彼女との思い出に浸るほどここに思い出があるわけではないけれど。

何となく海の近くを歩きたい気分になったのだ。

そういう気分だと自分に言い聞かせている。


防波堤を一人で歩く。

付き合って1年目に同じ場所を彼女と歩いた気がする。

多分そうだった。

水族館の帰り道だった。

海の家でアイスクリームを買って、零れ落ちないように二人ではしゃぎながら食べ歩いて。

そんな風に過ごした場所。


夕暮れの手前にもかかわらず、海には人がいない。

聞こえてくるのは波の音だけ。

寄せては返す波。

今の僕には物悲しいだけの音だった。



「泣いてくれないんだ」



不意に耳元に彼女の声が聞こえた。

僕はすぐに振り返る。


そこには誰もいない。相変わらず波の音だけが響いている。


「...気のせいか」

葬儀であったり、そういうものは気疲れが凄まじいから。

僕としたことが感傷的になりすぎていたのかもしれない。



「気のせいじゃないよ、わーくん」

今度こそはっきりと、聞き間違えようのない彼女の。

僕の、大切な人の声が背後から。


僕は頭がおかしくなったのだろうか。

けれど僕は彼女の『死』を『電話で僕にとっての他人』から聞いただけだ。

僕はおかしくなんてないし、正常だ。

別にそんなことはどうでもよいのだ。

今ここに彼女がいることだけが、僕にとっての現実で正解なのだから。



「おかえり、みーちゃん」

振り返って、僕の大切な恋人へそう告げた。

笑う姿は生前の姿のままで、とてもきれいだった。




これは後から聞いた話。

僕が帰ったあと、彼女の葬儀は滞りなく終わったらしい。

まあ、どうでもいいのだけれど。

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葬式帰りにまた彼女に出会う 暇人音H型 @nukotarosu

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