ルカはクオに見せたい
ルカはクオに見せたい
「クオクオ、ちょっと来て来て」
「ふぇっ、わっ、どうしたんですかルカっ?」
午後の授業がひとつ終わるや立ち上がり、手を引っ張ってきたクラスメイトのルカを前に、クオは目を白黒させた。
「ちょっと今、思い出したんだ」
くるんと振り返り、
「見せたいものがあるんだよね」
「みせたいもの?」
「そうそう。こっちだよ」
「あ、ルカ、でもあの、次の授業がありますよっ、数学の……」
「ええー。数字よりもこっちを見るのが先だもん」
細身に似合わずルカは腕力がある。
ぽかんとした顔のクオを立ち上がらせ、そのままぐいぐいと教室の外へと連れ出そうとする。
「や、でもあの、えっと……」
いつもマイペースなルカだが、今回はいつになく勢いがある。
クオが呑み込まれていると──
「どこ行くんだ、先輩」
横から、鋭い声が差し込まれた。
そこに立っているのはクラスメイトのノエルだ。
「はわっ、ノエりゅ、の、のえ、ノエルっ」
「いい加減、人の名前くらい普通に発音しろよな、先輩」
驚きのあまり
──そうは言われても、対人関係全般が苦手なクオは、誰かと接触のたびに動揺と緊張をしてしまう、極度の人見知りなのだ。
「すすす、すみません」
「で、どっか行くのかよ先輩」
小さな身体をさらに縮めるクオをノエルは見やりながら、
「また授業サボる気か?」
と、探るような視線を寄せる。
びく、とクオの全身がわかりやすいくらい大きく震えた。
──実はノエルはクオの監視任務を
王国軍特殊部隊〈魔女狩り〉で最高傑作と称されている兵士クオは「普通の学生」として学園に通うという特殊任務がある。
同じ部隊に所属しているノエルは、そんなクオを秘密裏に見張っているのだ。
じっと見られてすくみ上がっているクオ。
そんな彼女を見下ろすノエル。
二人の様子を見て、まさかそんな任務や関係を察せられる者などはいない。
「やれやれ、ノエルはクオに夢中なんだなあ」
そこへ、二人の合間を割るように、ルカがクオの胸に飛び込んできた。
「ふやっ……」と、びっくりするクオに抱きつきながら、いたずらっぽい笑みでノエルを見る。
「でもだめだよー。ぼくがクオに見せたいものは、内緒のものなんだからさ。
こっそり後をつけて
どこか挑発じみた口調に、むっとノエルが
「べつに、先輩に夢中とかじゃねえし」
「ええー、そうなの? ノエルはクオのことばっかり見てるじゃない」
「見てねえよ。ただ、急にバタバタしたから気になっただけで」
「ぷふっ、やっぱりクオを見てるんじゃんかー。見張ってるみたーい」
にまにま笑顔でノエルをからかうルカを、クオはハラハラしながら見つめる。
ルカはクオとノエルが特殊部隊〈魔女狩り〉である素性や任務のことを知っているのだ。
(る、ルカまさか、知らないフリをしてノエルのこと、からかっている……のでは……?)
内心穏やかではないクオ。
ノエルはまんまとルカのからかいに乗せられ、声に
「あのなあ、だからべつにっ、おまえら授業サボろうとしてるのかって聞いてるだけだよ。
内緒とか言うし、どこ行くつもりなんだよ、ルカ」
「ふふー。それはねえ……」
ルカはたくらむように口の端を持ち上げると、
「ないしょだよーっ」
ぴょんと一歩ノエルの前に出ると、とびきりの笑顔で答えた。
「っ、な……」
寄せられた笑顔に思わず
ルカはひょいと肩をすくめると、
「わかったわかった、ちゃんと次の授業には間に合うようにするから、ノエルも心配しないでいいよ。
さ、行こうよクオ」
「わ、あ、ふぇ、ふぁ、はい……」
すっかり険しいものを削がれたノエルを置き去りに、ルカは軽やかな足取りで教室から飛び出す。
その手に引かれ、クオは駆け出した。
「ルカあのっ、あんまりノエルのことからかうようなこと言うのは、駄目ですよっ」
「ええー。でもさ、ノエルったら生真面目だからついつい」
「でっ、だめですよっ。ノエルはその、〈魔女狩り〉の隊員ですので、ルカのこ とがばれたりしたら、その、大変こまったことになりますのでっ」
「ぷはは、そうだった」
慌てて早口で言い返すクオに、ルカはへらっと気の抜けた笑みになる。
「ぼくが魔女だってバレちゃったら、確かに大変だもんね」
人類の天敵として長年戦争を繰り返していた種族・魔女。
ルカは人間に紛れて生きることを選択した魔女の生き残り──という秘密の素性がある。
それを知っているのは、クオだけだ。
そしてクオが〈魔女狩り〉であり、ある特殊任務でこの学園にいるという秘密をルカは知っている。
二人は互いの秘密を守り合う──共犯の関係を築いているのだ。
ノエルを含めると、秘密の関係はすっかりこんがらがったものだ。
しかしとにかく。
真面目に、目立ったことはせず、監視役であるノエルに目を付けられるような行動はなるべく控えるべき……
と、クオは思っているのだが。
ルカは今回のように、自由気のままに行動する。
「こっちこっち、クオ」
「へぁ、本館出るんですか? ルカどこに──」
ルカに手を取られたまま、小走りで学園本館前の並木道を駆けていると、
「えーっと、あ、あれだ」
と、ルカが真っ直ぐに進む先にそびえているのは──
「と、図書館、ですか?」
煉瓦造りで本館並みに立派な建物は、学園図書館だ。
戦後施設の安全性を確認するために、まだ開かれてはいない建物だった。
ルカは観音開きの正面扉の横にある、邸宅でいう
「実はここのカギが古くなってるのに気づいてさー」
ルカは時折授業をさぼっては、学園内をうろうろしている。
そのときにでも見つけたのだろう(彼女が密かに「探しもの」をしている、というのはまた別の話だ)。
脇戸はすんなりと開いた。
ルカはするんと中に入り込む。
「わ、ルカでも、勝手に……まだ図書館は入っちゃいけないので……」
「ほらほら、クオ早く。休み時間終わっちゃうでしょ」
「へぅ、わ、は、はいっ」
急かされると、素直なクオは慌てて中に入った。
埃っぽい空間を見回している合間に、ルカはぐいぐいとクオを引っ張って中央階段の真正面に並んで立った。
「ほら、見て見てクオ」
無邪気な口調でルカが指し示したのは──
階段の先、壁の上に
花と鳥を
そこへ、昼下がりの日差しがステンドグラスに降り注いでいた。
「わ、……わああ……」
思わずクオは声を
鮮やかなステンドグラスにきらめきが
その光が、グラスの色と形を反射して降ってくる。
言葉では表現できない美しさだった。
口を開いたまま多彩な光を浴びるクオの横顔に、ルカは満足そうな笑顔になった。
「ふふー、よかった。間に合ったよ。タイミングばっちりだ」
「ちょうど、陽射しがグラスに当たる時間だったんですね」
「そうそう。夕方になっちゃうと間に合わないからね」
ルカは陽の光に目を細めている。
陽射しのタイミングがあるから大急ぎで、
立ち入り禁止の図書館だからノエルにも内緒で、
ちょっと強引だけど、それでもルカはクオを連れて来た。
「この景色思い出したらさ、クオに見せたいなって思っちゃったんだもん」
そう思ってくれた、このきれいな景色を見せてくれたルカの笑顔に。
クオは気付くと笑顔になっていた。
並び立つ二人は指を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます