子羊たちは眠らない

KKモントレイユ

Scene1 慈代

第1話 星が見えない街 新宿

 演劇の世界。

 そこには日常と日常ではない世界が常に隣り合わせにあった。


 ◇


 中澤慈代なかざわやすよは都内A大学文学部の三年生だ。

 半年ほど付き合った同級生がいたが、特に深い関係にもならず、最近、別れたばかりだった。どこか違うと感じながら、なんとなく続いていたが、段々会うことも少なくなり、相手の方から「別れよう」と言ってきた。

 どうせ好きな人でもできたんだろうと思ったが、傷つくこともなく、むしろ何かすっきりしたような感じすらした慈代だった。

 今までの人生で付き合った男性は彼だけだった。


 彼女は演劇部に所属していた。おとなしい性格、清楚系で色白、ストレートのロングで前髪をそろえた美しい顔立ちの彼女は、新入生のサークル勧誘のとき、いろいろな部、サークルから声を掛けられた。

 そんな中で一番に熱心に勧誘され演劇部に入った。

 演劇に興味があったわけではなかったが、やってみると意外に自分はこういうことが好きなんだと感じるようになってきた。

 舞台の上で何かを演じることが日に日に楽しくなり、今ではかなりハマっている。


 慈代が大学二年の頃から面倒を見ていた一つ後輩の小咲恵人こさきけいとは彼女を慕ってくれていた。

 慕ってくれていたが、彼が好きな女性は彼の三つ年上、つまり、慈代の二つ先輩にあたるに高橋梓たかはしあずさだった。彼女はこの春からOLとして働いていた。


 その梓のことで、恵人から、いろいろ相談されるのだが、もともと慈代自身、恋愛経験があまりなく的確なアドバイスなどできなかった。

 それでも慈代を頼りにしてくれる恵人を見ていると、何とか力になってあげたいと思い、いつも親身に相談に乗ってあげた。


 慈代は一年生の頃から新宿の飲食店でアルバイトをしていた。人の往来も多いこの場所は、毎日かなり忙しかったが結構充実していた。

 午後九時にアルバイトが終わる。下北沢に住んでいた彼女はその時間に新宿駅の小田急線乗り場に向かう。

 夜の新宿は危険な街かもしれないが、その時間は人通りも多い。

 午後九時は、この街では遅い時間ではない。

 この街を歩いていると、つくづく明るい街だと思う。空を見ても煌々こうこうと輝く高層ビルが見えるばかり。


 慈代はこの街の景色に慣れていた。

 この街は星が見えない。

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